失敗の教訓

 『失敗の本質』(戸部良一ほか)の「最終章」には、「失敗の教訓」という結論が示されています。

 この本の初範は、1981年にダイヤモンド社から発刊され、それから10年後の1991年に中公文庫社から文庫本としても出版されています。

 すでに、この文庫本においても2020年1月までに70刷りがなされている大ベストセラー本という地位を得ています。

 これは、当時の戸部良一さんほかの防衛大学教員による集団討議によって作成されたそうですが、その討議と執筆は、おそらく1970年代に開始され、その後より深まっていったのではないかと思われます。

 この時期は、日本の高度成長が世界標準へとのし上り、「奇跡の30年」として世界を席巻していった時期と重なります。

 また、文庫本の出版開始年は、日本経済のバブル崩壊が起こって、それ以後の「失われた30年」が始まった年です。

 それが、最初は「失われた10年」だったのが、20年、30年となり、今では、平成の「失われた30年」という認識に変わっていきました。

 経済学者のなかには、2009年に起きた「リーマンショック」以来、世界経済は立ち直っていないという指摘もあり、その歪と矛盾が、今回のコロナ危機でますます急速に拡大してきています。

 さて、本題に戻りましょう。

 本著における結論は、「日本軍の失敗の本質と連続性」という最終パラグラフとして示され、それが、次のように要約されています。

 「日本軍の最大の失敗の本質は、特定の戦略原型に徹底的に適応しすぎて学習棄却ができず、自己革新能力を失ってしまった、ということであった」

 すでに述べてきたように、この「特定の戦略原型」とは、日本陸軍における「白兵突撃による決戦主義」であり、日本海軍における「大艦巨砲戦艦による艦隊決戦主義」でした。

 いずれも日露戦争における「二百三高地」と「日本海沖海戦」の勝利をモデルとしていました。

 しかし、戦争の後期における米軍との戦いのほとんどは島嶼を舞台にしており、水陸両用を巧みに作戦に取り入れた米軍には、ほとんど通用しませんでした。

 また、後者に関しては、「大和」、「武蔵」の末路に象徴的に現れています。とくに、後者においては、山口県大島沖の海に沈没しており、一度も会戦を行ったことはありませんでした。

 これでは、「武蔵」も、さぞかし涙を流して残念がったことでしょう。

 それとも、巌流島の対決以降の「ムサシ」であれば、「それでもよい」と受容したのかもしれませんね。 

 著者らは、この2つの戦略原型に徹底的に適応したことで、「学習棄却ができなくなった」ことを指摘しています。

 これは、現地の敗戦から何を学ぶかに関する問題であり、その失敗の原因を探究し、それらを「棄却(捨てて取り上げないこと)できなかった」ことを意味しています。

 すなわち、どんなに負け続けても、上記の2つの戦略原型を「捨て去り、再び取り上げない」ことができなかったのです。

 それゆえに、自己(軍隊)を新たに創り出す(革新)することができなかったのです。

 一方、米軍は、真珠湾の敗戦から学び、それまでの作戦の問題を洗い出し、それを棄却して、新たな「人事と技術」によって「自己革新力」を格段に高めていったのです。

 「なぜ、負けたのか? 失敗の原因は、どこにあったのか? それを反省して、次の戦に備える」

 今では、ある意味で、このような自己評価、自己反省を行なうことは常識的なことですが、日本軍は、それができなかったのです。

 そのことを象徴的に表していたのが、敗戦で生き残った兵士を離島に隔離して、事情聴取もせずに隔離し続けていたことでした。

 おそらく、次に勝つことよりも、自分たちの作戦の失敗が明らかにされ、追及されることを恐れていたからではないでしょうか。
 
 
連続性問題

 著者らの分析は、日本軍の組織性が、戦後の政治と企業に、どのような影響を与えたのかにも及んでいます。

 それは、「日本の政治組織において、日本軍の戦略性の欠如は、そのまま継承されているようである」という見解として示されていますが、ここでは、それ以上の考察は控えておきましょう。

 一方、企業組織においては、戦後の財閥解体とトップ・マネージメントの追放によって、ごっそりと上層部がいなくなり、結果として相当な若返りが果たされ、かれらと「戦争戦士」から「企業戦士」へと変身した戦争世代の共同によって、自己革新が実現されていきました。

 この革新性によって、日本の高度成長の原動力の一つとなり、「黄金の30年」、あるいは「奇跡の30年」が形成されるようになっていったのです。

 しかし、その世代のほとんどがいなくなり、政治や企業の世界においても二世、三世が闊歩するようになり、身を賭して、身を粉にして働く「企業戦士」も、かつての話のなかでしか登場しなくなったのです。
 
 この名著が発刊されて、今年は丁度40年になりますが、その長い年月を俯瞰してみますと、本著の結論とは、かなり異なる本質が垣間見えるようになってきたのではないかと思います。

 かれらは、日本企業の特徴をグループ力学を生かした、次の4つで表しています。

 ①下位の組織単位の自律的な環境対応が可能になる。

 ②定式化されないあいまいな情報をうまく伝達・処理できる。

 ③組織の末端の学習を活性化させ、現場における知識や経験の蓄積を促進し、情報感度を高める。

 ④集団あるいは組織の価値観によって、人々を内発的に動機づけて大きな心理的エネルギーを引き出すことができる。

 これらの特徴と強みは、大きなブレイクスルーは起こさなくてもよい、集団による小さな知恵と工夫で乗り越えていけることにある、ということのようですが、それは、「黄金の80年代」を背景にしたことではないかと思われます。

 そして、これは、約25年早く発達していったアメリカの資本主義という教科書があり、しかも、そのアメリカからマニュアルを授与されていたことが小さくない前提としてあったからこそ、可能になった組織性だったのではないでしょうか。

 現在は、その自己革新能力が低下し、1)自立的な環境対応ができない、2)曖昧な情報が処理できずに拡散してしまう、3)自己学習ができずに、経験不足が蔓延る、4)内発的な心理的エネルギーが生まれず、「24時間働けますか」という企業戦士の姿は笑われてしまう、のではないでしょうか。

 こうなると、最後は身売り、そして採算部門の切り売りしかなくなってしまいます。

 ここ数年間における電機産業の具体的な衰退は、上記の企業の4つの特徴のほとんどが通用しなくなったことが鮮やかに示されています

 すなわち、日本の企業の組織性においても、政治と同様に、数十年の遅れはあったけれども、その「失敗の本質」は同一であったということができるのではないでしょうか。

 この本質は、日本社会において、その小さくてもよいから、その小ブレイクスルーを連続的に爆発させ、やがて小さくない経済的、社会的ブレイクスルーへと新たな「発達」を促進させることが必要であることを教えているように思われます

 その新たなブレイクスルーの決め手は、創造的破壊が可能な「ヒトと技術の突出」であり、その創造をめざしましょう(この稿おわり)。

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ローズマリーの花