富が来る水 
  
 本日は、国東市富来のMさん宅の地下水をいただきに行きました。

 富来路(とみくじ)にある、富みがやってくる縁起の良い水です。

 以前より、この水がおいしいことを知っていましたので、ようやく、その念願が叶いました。

 じつは、明日に東京からお客さんがやって来られますので、その方々にも飲んでいただくことを約束していたからでした。

 早速、これを試飲し、「水利き」を行いました。

 柔らかいソフトな舌触り、雑味の混ざりけなし、嫌味な生臭さなし、ほのかに甘い、真においしい水でした。

 このボーリング水は、地下30mから汲み上げたものです。

 かつて、国東半島の中央部において両子山群が活火山として噴火を繰り返し、その溶岩礫が四方に流れ出し、なだらかな丘に近い「六郷満山」が形成されました。

 この両子山中央部で降った雨が地下に浸透し、長い時間をかけて海へと流れていく過程で、地下の溶岩礫がフィルターになって、下流に行くにしたがっておいしい水を涵養しているのです。

 ただし、この涵養が有効に働いているのは、国東半島の臨海部を除いた領域です。

 その周辺部では都市化が進んでいますので、それによって生活用水や各種の汚染水が地下まで浸透していますので、そこでは水質の劣化が始まっています。

 まずは、現地で、生の地下水をたっぷり飲みました。

 もてなしに、コーヒーのラテをいただきましたので、それを飲み干した後に、その地下水を、そのコップになみなみ注いで、Mさんと談笑しながら、たっぷりいただきました。

 まずい水ですと、すぐに飲むのが嫌になりますが、この水には、それがなく、難なく飲み干すことができました。

 「やはり、この水には格別のおいしさがありますね。ソフトで飲みやすいですよ!」

 「それは良かったですね。毎日飲んでいますので、この味が普通になっています」

この水で紅茶を淹れました

 帰宅して、早速、この水で紅茶を淹れてみました。

 また、女房は、この水で「糖減茶(沖縄産のマンジェリコン)」を沸かしていました。

 紅茶は、ほぼ毎日いただいています。

 その味を良く認知していますので、それがどう変化するかを明確に判定することが可能です。

 最近の好みの紅茶は、オレンジペコ(セイロン紅茶)をメインにして、これにバニラ風味の茶葉をやや加えたものです。

 この二つの香りが、それぞれに、よく引き出されていて、その舌ざわりが、2つの紅茶の味がよく出て、いつもよりは格段においしい紅茶になっていました。

 水がよければ、お茶の味がよく抽出されて、格別においしくなった紅茶でした。

 より上質の紅茶葉であれば、さらに風味あるものになること間違いないと思いました。

 このソフトなおいしさは、糖減茶においても同様で、これでは、とくに甘みが増して出てきているように思われました。

 ところで、Mさんとは、この美味しい生水(なますい)をいただきながら、国東における生活の豊かさについて話が弾みました。

 泉谷しげるの「春夏秋冬」の歌にあるように、「都会では季節感が無くなっている」ようで、冬でもアイスクリームがあり、夏でも餅を食べることができます。

 お金がありさえすれば、おいしい肉や魚を簡単に手に入れることができます。

 都会のみなさんは、その肉や魚野菜を買うために、せっせと働いて「金稼ぎ」をしています。

 しかも、一生懸命に働いてストレスまで溜め込んで、今度はそれを解消するために、おいしいものを食べようとするのですから、このサイクルは、どこか、おかしくなっていませんか?

 はっきりいえば、どこかが狂っているのです。

 さらには、その過食によってよりストレスを増加させ、最後にはアルコールに依存するようになっています。

 Mさんは、このような主旨のことを指摘されていました。

 「人間の幸せとは何でしょうか? 私はかつて大阪に住んでしました。

 金があれば、大都会で過ごすのもよいのかなと思うこともありました。

 しかし、ここ故郷の国東に帰ってきてからは、すっかり考えが変わりました。

 都会では、ストレスを負うことは当たり前で、その代わりに金を稼いでおいしいものを食べるのがよいと思われています。

 ここでは、そのストレスが、まったくありません。

 そして、おいしい魚と果物、野菜が、たくさんあります。

 旬の自然のものを少量、おいしくいただいてゆっくり自由に過ごす、これが生活の豊かさというものではないでしょうか」

 「まったく、その通りですね。

 ここには、その海の幸や山の幸があり、それらが季節ごとにどんどん変化していき、その旬のものが手に入ります。

 ここにきて、私も、その季節変化のなかで、旬のものをいただく醍醐味を実感しました」

 「ここでは、贅沢をしなければ、地元の海の幸、山の幸をいただきながら、年間で100万円もあれば生活できます」

 「そうですね、私は、その年金は、幸いなことに、ほとんど使わずに済んでいます。

 それから、最近、私がとくに感じていることは、『自由の時間』が格段に増えたことです。

 好きなことに、自由な時間を使って存分に取り組むことができることは、何と豊かで、ゆかいなことか、としみじみ感じています」
 
 こうして、二人の久しぶりの会話は、どんどん弾んでいきました。

 大きなMさんの自宅の庭先には、初秋の涼しい風が通り過ぎていました。

 Mさん、大恩寺の格別においしい水をありがとうございました(つづく)。

mori100
初秋の森(国東市武蔵町向陽台)