Mさんからの「お裾分け」 
  
 昨日、お隣のMさんが、獲れたての「魚」を持ってきてくださいました。

 やや小ぶりでしたが、コチ、エソ、小鯵と、バライティーに富むものでした。


 「生きがよく、おいしそうだね。どのように料理しますか?」

 「刺身と味噌汁はどうですか?」

 「小ぶりだけど、刺身は大変じゃない?」

 「そうではありませんよ!」

 「それでいいですよ、よろしく!」

 これで、夕食のメインディッシュが決まりました。

 まずは、いただいた魚を示しましょう。

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 コチ、エソ、小鯵

 右側は、すべてコチです。この身を刺身に、粗は、みそ汁にと、お決まりのコース料理でした。

 また、右下の小鯵は刺身になりました。

 左上のエソは、団子にして汁に入れるか、その身を唐揚げにするのが好みですが、ひとまず、翌日以降にまわしました。

 夕食は、これらの刺身の上に、MOネギとミョウガがたくさん盛られていました。

 加えて、半グラスの白ワインも添えました。

 刺身は柔らかく、甘みと旨味がかなりあり、それらがMOネギとミョウガの香りとともに、よく合致していました。

 したがって、大変立派な夕食の宴となりました。

 決して豪華な魚ではなく、また、それがたくさんあるわけでもなく、食卓のワインは半グラスでよく、いつしか、このような食事に、そこはかとない豊かさを覚えるようになりました。

 国東には、そのような「豊かさ」を用意できる素敵な条件が揃っています。

 おそらく、前の職場があった地域では、このような豊かさに遭遇することはできなかったでしょう。

 「豊かさとは何か(暉峻暉峻 淑子(てるおか いつこ)著、岩波新書)」では、著者のドイツ留学の経験が詳しく述べられていますが、私も同じドイツの地で、この名著を丁寧に拝読したことがありました。

 そして、同じドイツの体験を通じて、実践的に「豊かさ」を学ぶこともできました。

 この経験を活かして「国東の豊かさとは何か」を、そろそろ本格的に考究する必要が出てきたのではないかと思っています。

 「地域に根ざした豊かさの研究」

 よい響きのテーマです。

 まずは、このロングランの記事のなかで、その課題をゆかいに究明していくことにしましょう(つづく)。