短期決戦の戦略志向

 久方ぶりの再開ですが、前記事において、「先の大東亜戦争には、明確な戦争目的がなかった(名著『失敗の本質』(戸部良一ほか))」ことを紹介しました。

 世界大戦に踏み切るのに、その目的が明確にされず、だれも語ることができなかったことは、誰でも信じ難いことですが、それが実態だったことを、著者たちはいくつもの具体的事例を上げながら明察を行っていました。

 昭和天皇は、その開戦の前の会議で「必ず勝てるのか?」と問い質したそうですが、それには軍部の誰もが答えることができなかったそうです。

 さて、その「失敗の本質」において指摘されている第二の特徴は「短期決戦の戦略志向」しか持っていなかったことでした。

 これに対し、決戦相手のアメリカは、逆に長期戦に備えた戦略志向に基づき、どう戦うかの戦術において圧倒的に質量ともに優れ、同時に兵站が確実に行われるなかで、必ず勝てる戦争遂行がなされたのでした。

   本著では、大東亜戦争におけるいくつもの具体的な事例の分析と考察を通じて、それらが「短期決戦の戦略志向」に基づいて遂行されたことが明察されています。

    あの有名な連合艦隊司令長官の山本五十六は、「初め半年や一年は暴れてご覧に入れます」といって長期戦は無理だと考えられていました。

 そして、第1次の攻撃しかなかった真珠湾攻撃(戦時品や倉庫や工場の攻撃はなかった)、輸送船を攻撃する目的で戦った第1次ソロモン海戦における三川艦隊は、軍艦の撃沈をしたものの一隻の輸送船も攻撃せずに帰ってしまいました。

 また、インパール作戦においては、3週間撃破という短期奇襲作戦においては兵站が準備されず、敵の食糧を奪って戦うという無謀な計画が実行され、多大な戦死者を出して失敗に終わりました。

 さらに、戦艦大和においては、沖縄まで到着できないことを軍部の上層部の誰もが解っていながら、その特攻的出撃であえなく撃沈されました。

 このように、戦況が悪化すればするほど、「急襲による短期決戦で勝てる」という楽観論が横行するなかで、失敗の連鎖反応が起こり、大量の戦死者を出していったのでした。

 失敗の連鎖反応

 さて、現在のパンケーキ好きの方は、どうでしょうか?

 学術会議の委員の任命拒否から始まり、最近でも、広島における参議院選挙の敗北、広島原爆記念日における「ひろまし・ゲンパツ発言・読み飛ばし」という顰蹙(ひんしゅく)がありました。

 また、現職閣僚から鞍替えで必勝のはずであった候補に、ご本人がテコ入れをすればするほど敗色を濃くし、その最後は大差の敗北でした。

 そして極めつけは、世紀の愚策の「コロナ自宅放置」、これでは「パンケーキを毒見」したくなりますね。

 さらに、この失敗の連鎖によって、政権党は大混乱に陥り、総裁や派閥の長たちのコントロールできなくなって、総裁選や解散をめぐって、てんやわんやの日替わり状態になっています。

 この大混乱は、さらに進化し、最初は楽勝と思っていた総裁候補にまで負けるかもしれないという恐れが出てきて、今度は、最後の人気策として役員人事をいじり始めました。

   ここには、まったくといってよいほどに長期的展望がありません。

 こうなったら、落ちるところまで落ちていくという「カサンドラクロスの道」しかないのかもしれません。

 内部からのわずかなひび割れから始まった「失敗の連鎖」に共通しているのは、なんとかできるという奇襲作戦の楽観論であり、それゆえに、これがどうしようもない大きな敗北へと結びついていくようです。

 現実を科学的に観て、しっかりした自己評価を行い、国民に寄り添った政策を果敢に打っていくしかないのに、それがふしぎなほどできないのです。

 このなかで15000人以上の新型コロナウイルス感染による死亡が発生し、今もなお、非常事態宣言下で数十名の方々が、毎日亡くなっています。

 この悲惨な死亡が毎日報じられるなかで、政治の司どもは、いったい何をしているのでしょうか。

 このまま、世紀の愚策「自宅放置」を臆面もなく続け、国民を苦しめ続けることは、許されるのでしょうか。

 未曽有の国難に直面していても、その打開策を検討する国会は、まったく開かれないままです。

 なぜ、諸外国のように科学の粋を集めて、新型コロナウイルスの撲滅に集中して取り組まないのでしょうか?

 かつて、日本の技術力は、アメリカに続いて第二位を占めていました。

 それが、今やPCR検査数においては、未だに世界で145位前後をうろついています。

 これでは、かつての「技術力の日本」が泣いてしまいます。

 日本の技術力で製作された全自動のPCR検査装置が、外国で使用され、活躍しているのに対し、なぜそれが普及しないのでしょうか?

 世界の先進国においては、新型コロナウイルスの感染がエアロゾルによる「空気感染」であることが明らかにされているのに、日本では、それがあいまいにされ、クラスター、濃厚接触者、三密、社会的距離などの遅れた対策に明け暮れています。

 大東亜戦争を指揮した日本軍は、決して間違いを犯したことを認めようとしませんでしたが、その姿勢も、厚生労働省の「医系技官や感染研ムラ」のみなさんとよく似ています。

 私は、昨年初めの時点から、新型コロナウイルスの感染においては、この空気感染の可能性があることを指摘し、具体的には、マイクロドロップ(マイクロサイズの水滴のことである)が、直径数マイクロメートル前後のサイズであれば、それに新型コロナウイルスが吸着したまま室内空間を長時間にわたって浮遊伝搬することを指摘していました。

 これが今の「エアロゾル感染」であり、それを「マイクロドロップ感染」といってもよいでしょう。

 自分たちの失敗を決して認めず、さらに楽観論を振りまきながら、国民放置策を進める、これも日本軍の「失敗の本質」によく似ています。

 次回は、「失敗の本質」の第三の特徴について分け入ることにしましょう(つづく)。 
                 
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ガーベラ