小鯵

 お隣のMさんの奥様が、獲れたての小鯵を持ってきてくださいました。

 彼女の実家が別府湾で漁をなさっているそうで、いつも新鮮な魚の「おすそわけ」が届いて感謝感激しています。

 その小鯵の写真を示しましょう。

 
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小鯵

 ご覧のように、新鮮そのものです。

 さて、これをそう料理するか、という相談が家内からありました。

 「この鯵、どうしますか?」

 「そうだね、小さいから刺身は大変だろうね?」

 「そうでもありませんよ。新鮮だから。身崩れがなく、すぐに捌(さば)けますよ」

 「それなら、やはり刺身がおいしいのでは?」

 家内は、魚を捌くのが上手なので、さっさと刺身ができ上りました。

 「これは旨いね。やはり新鮮な鯵は、味が違うね。甘さと旨さがすばらしいよ!」

 約半分を刺身にしてから、残りをどうするかを尋ねられました。

 ここで家内と意見が分かれました。

 彼女は、塩焼きがよいといい、私は唐揚げにすることを希望しました。

 結局、その刺身の後は、半分の半分を塩焼きに、そして、その翌日には唐揚げにすることにしました。

 家内推奨の塩焼きも、なかなかおいしく、甘みがさらに増していました。

 唐揚げの方は、カラッと揚げるまでにはいかず、フライパンに油を引いて焼くという具合でしたが、それでも香りがよく、味も素敵でした。

 こうして、刺身、塩焼き、唐揚げの3つを楽しむことになり、立派な料理となりました。

 Mさんと奥様に感謝いたしました。

               「国東の海の幸」考

 こうして、いつも国東の海の幸に舌鼓を打ち、堪能いたしております。

 このような堪能は、以前に住んでいた地方都市や、出張で出かけた大都市では味わうことができないことでした。

 私は、光マイクロバブル技術を開発してきた役得で、全国の海の幸を味わう機会がいくつもありました。

 各地には、そこならではのおいしい幸があり、それらをいただくことが、その旅行の楽しみのひとつでもありました。

 そんな経験を重ねることによって自然に舌が肥え、さらには、その各地の旨いもの探しにおいても人並み以上の関心を抱くようになりました。
 
 そんな私でしたから、ここ国東に移住して真に吃驚したのが、この国東沖の魚のすばらしさ、旨さでした。

 最近こそ、国東安岐港の魚の競りにいって購入する回数が減っていますが、以前は毎週のように通って新鮮な魚を購入していました。

 国東沖の魚の特徴は、新鮮でおいしいこと、さらには水揚げされる魚の種類が豊富なことでした。

 それらが、季節ごとに変わっていて、それこそ旬の魚を簡単に手に入れることができるのですから、それは私を唸らせ、賞味の度に喜ばせることに結びつきました。

 この体験は、次の私の体験を完全に覆してしまいました。

 「おいしい魚は、大都会の料亭やレストランで食べることができる。そのために、少々値段が高くても仕方がない」

 
じつは、そうではなかったのです。

 いつでも、新鮮で、よりおいしい魚を、欲しい時にすぐに手に入れることができます。

 しかも、その代金は、大都会の数分の1以下であり、同じ大分県の中小都市と比較しても3分の1以下で手に入るのです。

 そんなことがあるのかと不思議に思ってよく調べてみましたが、それが実際の現実だったのです。

 この事実は、私の「豊かさとはなにか」を再度考究させるに十分なことでした。

 その最初は、ドイツに留学して、その食料品の豊かさと安さに驚いたことでした。

 しかし、魚については、そうでもなく、ドイツ人は生魚をほとんど食べていませんでした。

 ですから、この国東の海の幸のすばらしさは格別のことだと思いました。

 そして、それが、考えられないほどに安く買うことができるのですから、これにも吃驚させられました。

 新鮮な旨さ、そして豊かさと安さ、これらは同居できることであり、これを体験できない大都会のみなさんは、本当に気の毒だと思うようになりました。

 コロナ災禍によって、そう遠くない近未来において食料危機がやってくるでしょうから、この国東の海の幸は、それらに十分に対抗できる資源だと思います。

 このパラダイムシフトの進行は、おもしろく、とても、ゆかいですね。

 (つづく)