「急がば回れ」とは

 広辞苑で、「急がば回れ」を紐解いてみました。

 「危険な近道よりも、安全な本道をまわった方が結局早く目的地につく意、成果を急ぐなら一見迂遠でも着実な方法をとったほうがよい」

 ここで、ちょっと目を引いたのが、赤字の部分でした。

 「安全な本道」とは何か?

 「成果を急ぐなら着実な方法」とは何か?

 これらの考察に少々分け入ってみましょう。

 この場合、本道とは、コンクリートやアスファルトの道のようなものでしょうか。たしかに、そこを通る時は安全です。

 これとは正反対の危険で横道に反れていた典型的事例が「イソジンY」さんでした。

 本道であれば、だれからも文句が付けられないように、そして多くの方々から賞賛されるものでなければなりません。

 その本道の典型事例は、ノーベル賞の大村博士の開発であり、最近は、家畜から薬の投与を開始し、そこで安全性を確かめ、次に低開発国の恵まれていない弱者へと移行していきました。

 この基本的な流れを形成するのに鍵となったのが特許でした。

 周知のように、特許とは、ナンバーワンとオンリーワンの両方を可能にする新情報ですので、これが世界に通用したのでした。

 この特許を買い取ったアメリカの企業は多額の利益を得ることができ、その特許料を受け取った大村先生は、それを北里研究所と病院の再建に役立てました。

 次の「成果を急ぐなら着実な方法」についてですが、対象とする課題が重大であればあるほど、それを検証し、まずは優秀な有識者や専門家に認めていただくには、成果に到達するまでに至る着実な過程を描き、それを実証していくことが必要になります。

百の階段

 画期的な成果に至る過程を100の階段に例えると、その階段を登っていく過程で、いくつもの成果を重ねていくことが重要です。

 この過程において、その最初はひらめき、すなわち直観がきわめて重要です。

 鋭く大きな直観を十分に働かせ、勇気をもって、その課題に挑むことが求められます。

 この時、次の2つの現象が生まれます。

 その第1は、ひらめきがまったく見当違いで的外れになった場合であり、そうだと、その時点で終わりになります。

 第2は、その直感が鋭すぎて、あるいは大きすぎて、当初の想像をはるかに超えた結果が出てきた場合です。

 この時、驚きや心の揺動が発生します。

 「どうして、こんなことになったのか?」

 ほとんどの場合は、その理由が解らず、謎が謎を読んで、不可解への世界に導かれてしまうのです。

 そこそこの予想した範囲の結果であれば、このような動揺や混乱は起こりませんが、光マイクロバブルの場合は、いつも、この想定外のことが起こることが多いようです。

 ここから、試行錯誤の階段上りが始まります。

 歩を進めても、目の前には階段しかなく、先が観えてこない状態が続きます。

 時には、このまま階段を上り続けてよいのだろうかという迷いも生まれ、少し引き返すこともあります。

 そこには、科学的法則性が潜んでいるはずなのに、それが観えてこない、その法則性の正体がわからない、この段階では、いろいろ迷いながらも、その階段を上っていくしかないのです。

 ところが、世のなかには、その階段を粘り強く上っていくことができずに、横道の方がよさそうに見えてきて、目的地からますます遠ざかってしまうことも少なくありません。

 結局、ごくわずかな人しか、その階段の中腹に到達できないのではないでしょうか。

 しかし、それでも粘って上ってきた方には、かれらにふさわしい景色がうっすらと観えるようになります。

 ここで、そのおぼろげな景色を観て、最初のひらめきとの比較検証ができるかどうか、そこに鋭く大きな直観を働かせることができるかどうか、これが重要になります。

 しかも、その景色はほんのわずかだけ、一部しか観えないことが常であり、そこに豊かな想像力を発揮できるかどうか、これが真に問われることになります。

 この中腹段階を過ぎると、一歩一歩が問題潰しに移行しますので、その実像が目の前に現れ始めます。

 そして、その目的地にまで至ると、そこには思いもかけない景色が観えてきます。

 「そうか、これが正体だったのか!」

 しかし、その目的が、巨大で普遍的ものであればあるほど、その景色の向こうには、長い階段が続いていることに気づかされます。

 「分け入っても分け入っても青い山」

 種田山頭火の、この歌の通りの景色が観えるのです。

青い山

 なぜ、山頭火は、青い山に分け入っていったのでしょうか?

 その青い山には、何があるのでしょうか?

 もしかして、青い鳥が棲んでいるのでしょうか?

 これらを真摯に考えていくと、そこにおもしろさを感じます。

 さらに、コロナ災禍(パニンデミック)における「青い鳥」とは何でしょうか?

 これらが解り、その青い山の青い鳥の正体を突きとめるには、目の前にある最初の百の階段を上っていかねばなりません。

 そのためには、足腰を鍛え、健康にならなければなりません。

 階段を上っていく意欲を萎えさせないようにするために情熱を燃やさなければなりません。

 何よりも、この階段をどう登っていくのかの計画を鮮やかに明らかにしていく必要があります。

 さらには、その上っていくための食料とそれを得るお金を確保しなければなりません。

 これらが、最初の数段を上っていくための必要条件であり、無計画の手ぶらでは、すぐに足が止まってしまいます。

したたかな「ものづくり」

 そこで、その数段から中腹までの過程において、ここは、しなやかに、そして、したたかに「命と健康の『ものづくり』」の開発を粘り強く行なうことを決めました。

 そのために、早速、次のアクションを起こしました。

 ①前向きに、積極的に、そして持続的に無理のない研究開発補助金の申請を行い、息の長い取り組みの基盤形成を行なう。

 ②新たに開発する商品開発のアイデアを創生させました。早速、その準備を始めています。

 ③いくつかの共同研究の成果をまとめ、その商品化をめざします。

 ④これらを達成していくために、信頼できる二人の協力者を得ました。これから、その協力共同が本格的に始まります。

 最初の百段までは、これから大いに研究開発をしていきますが、なかには、時期尚早、商品力に乏しい、金を払って買うほどの魅力がないなどの結果が出てくるのかもしれません。

 しかし、それはあまり気にせず、まずは、開発物の品ぞろえを行い、そのなかから、丁度良いものを選んでいくのがよいのではないかと楽観しています。

 これまでは、あまり賑やかな開発物の品ぞろえをしていませんでしたので、ここは、それに打ち込んでみようと思いました。

 今のうちにアイデアを洗練させ、知恵と工夫を貯め込んでおきましょう。

 (つづく)

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四日市北小学校校庭における校門付近の楠の巨木