コロナパニンデミックの下で

 この数日間、第4100回記念の記事のテーマを考え続けてきましたが、なかなか良いアイデアが浮かばず、「どうしたものか」と思案に明け暮れていました。

 今朝になって、もう一度、それを考え直していて、本題が一番良いのではないかということに気づきました。

 今尚、世界的中で深刻なコロナ・パニンデミック(パンデミック+パニック)が進行しています。

 最近では、インドの感染者数が増え続けています。

 また、世界一の感染者数を出しているアメリカでは、感染者数が減少している州と逆に増えている州が出てきて全体が治まっていく気配は生まれていません。

 フランスも、新たな感染者数の増加が認められます。

 それは、実体経済の停滞が、はるかに大きく影響しているからです。

 これでは、東京オリンピックどころではありませんね。

 来月には、その中止が決まるでしょうから、そこから、より深刻化したパニンデミックの襲来が危惧されます。

 その第1は、コロナの第3波の発生問題です。

 昨日の東京都におけるコロナ感染者の数は276名であり、不気味な気配を感じています。

 東京には、新宿をはじめとするエピセンターが形成されており、ここに匿(かくま)われた東京型新型コロナウイルスが温存され、いつまた動き出すかどうかが不明のままになっているからです。

 ほとんど対策らしい対策を講じず、このまま治まるのを待っているかのような政府と都の対応は、前近代的で、最新の科学を集めた対策の無さが、ますます多くの国民を不安に陥れています。

 第2は、経済的にも、ますます厳しい状況が生まれ、恐慌化がより進行していることです。

 帝国データバンク(TDB)の景気動向調査によれば、8月の景気動向指数は25から30へとわずかな回復に留まり、今後1年は、この横ばい状態が続くと予測されています。

 V字回復どころか、L型の停滞が続く可能性の方が、現実味を帯びてきています。

 これから、コロナとともに、長く、先の見えない低迷が続いていくことを覚悟しなければならないのではないでしょうか。

「このままか、何かを始めるのか」の境目

 コロナで「へたり込み」、無気力になって、「泣くのはいやだ!」、「進め!ひょっこりひょうたん島」の精神を見習い、できるかぎりのことを粘り強く、そして悔いなくやろう、これが、コロナの第一波が発生したときに心に決めたことでした。

 以来約半年、徐々にその活動の成果が積み重なってきました。

 それらの一部は、本ブログで紹介してきましたので、ここでは省略しますが、この心の即断即決をしてよかったと思っています。

 私が参考にしている有識者によれば、コロナ・パニンデミックの下で、このまま何もしないで好転を待つのか、それとも何かをし始めるのか、そのギリギリの境目のところに来ているようです。

 ところが、なかには、この「時を得る」ことに踏み切れない方々も少なくなく、会議や自問自答を繰り返しているばかりのようです。

 このコツは、小さいこと些細なことからでもよいから、とにかく始める、可能なことから始めることにあります。

 これを行いながら心身を洗練させ、向上させていけばよいのすが、それを邪魔するのが、目先のことが解らないと動けないと、すぐに損得勘定をしてしまうことのようです。

 天命とは、よいことばかりが与えられるのではなく、悪いことも少なくなく含まれているのが自然でしょうから、その意味を深く考える必要があると思います。

 そう考えると、このコロナ下においては、じっくり考え、日ごろから抱いていた開発課題を検討し、しっかりコロナの真っ最中、そして、その後に備えていくことが肝要です。

   そのために、まずはコロナ問題を深く研究することが大切です。

 最初は、いつも「犬も歩けば棒に当たる」の次元でよいのです。

 前回の記事に認めたように、この棒が杖に変身し、武器になっていけばよいのです。

 「急がば回れ」、これもよく聞く諺ですが、この気持ちで、足下にあるはずの泉を掘っていけばよいのです。 
 
 掘ってみなければ、それが滾々と水を湛えているものか、それとも小さな水たまりであるのかは区別できません。

 それを飲んでみなければ、格別においしいものか、どこにでもある普通の水なのかも解りません。

 コロナの第三波に備えて、私たちも第二ステージを準備し、ここでしなやかに、そして、したたかに「命と健康の『ものづくり』Ⅲ」を振舞うことにしましょう。

 (つづく)

takeyabu
竹藪に白い花が見えました