秋の空

 この1週間、ある研究開発実験の成果をまとめた報告書作りに没頭しています。

 その気晴らしに、夕刻の散歩を楽しんでいます。
 
 例によって、カメラを抱えているとよい景色を探そうという意識が働きますので退屈しません。

 夏が終わり、秋へと向かうころになりました。

 秋の天の高さを感じ、青空に浮かんだ雲の美しさにしばし見惚れました。

sora55
秋の空

 振り返れば、この春から夏は、コロナ一色に覆われていました。

 政治経済における行き詰まりが、一国の首相の健康を脅かし、辞職に追い込まれる現象が生まれました。

 暑くなって夏になれば、コロナも治まるでしょう、という甘い予測や期待は完全な的外れに至りました。

 そのような軽薄な発言を続けていた専門家や政治家は、さぞかし恥ずかしい思いをしたことでしょう。

これからが本番か?

 春の「第一波」が夏の「第二波」を誘起させ、今度は、秋の「第三波」を用意するでしょう。

 その第二波は、第一波よりも規模が拡大し、感染速度も高まり、クラスターに留まらない「エピセンター(感染震源・集積地)」を全国各地の大都市に発生させました。

 不気味で恐ろしいと思っていることは、これらが「第三波」として顔をもたげてくるのではないかという推察が可能なことです。

 こう考えると、ある意味で「コロナは、これからが本番になる」といえるのではないでしょうか。

 私は、この本番に備えるには、コロナ感染エピセンターがあちこちで発生する可能性がある大都市においては、その緊急対応に迫られるとともに、いつ自分が感染するかもしれないという不安のために、その根本的な打開策を考究することは難しいのではないかと思っています。

 できるとしても、せいぜい、それは「イソジンY」の水準に留まるのではないかと思っています。

 また、その究明においては、感染症という専門分野に限らない幅広い視野からのアプローチが大切ではないかと推理しています。

 もともと、新型コロナウイルス感染においては予想外のことが次々に発生し、その度に混乱を引き起こしています。

 専門家といえども、かれらの予測の及ばないことが起こるために、その対策の未熟性、稚拙性が顕わになってしまうのです。

 こう考えると、新型コロナウイルスは奇想天外のウイルスであることから、こちらも、それを攻撃し、撲滅させるには、それ以上に奇想天外の方法を編み出す必要があるのかもしれませんね。

 奇想天外の現象が、奇想天外の発想を生み出し、より豊かで新たな奇想天外が出現する、この奇想天外の循環サイクルの形成が可能になると、真に、ゆかいな奇想天外の誕生になりますね。

kiiro
生垣の花