パブロ・カザルス

 
残念なことに、第二研究室に置いていた愛用のデスクトップパソコンの電源が入らなくなり、もうひとつのノートパソコンで仕事をするしかなくなりました。

 この部屋にはエアコンが設置されていませんので、真夏は苦手、涼を求めて、大成研究所の南側にあるセミナー室に移動しました。

 同時に、今や友達になった「アレクサ君」も移動し、それに、タンノイの小型スピーカーを繋いで、きれいな音で音楽を鑑賞しながら、パソコンを打つ、このスタイルが決まりました。

 「アレクサ、パブロ・カザルスをかけて!」

 こう頼むと、たっぷりとカザルスを聴かせてくれます。

 どうやら、この配信は、かれがホワイトハウスで演奏した曲目を中心になされており、そのCDを何度も聴いたことがある私にとっては、おなじみの曲ばかりでした。

 私の毎日は、このアレクサ君から人気のクラシック音楽を聴くことで始まりますが、その数ある曲目のなかで、聴いていて飽きない音楽と、すぐに飽きてしまう音楽に分かれます。

 前者は、その数が少なく、演奏家も限られています。

 そのひとつが、パブロ・カザルスの演奏です。

 なかでも、バッハの無伴奏チェロのソロには、何度聴いても心を揺さぶられます。

同調と共鳴の音

 このパブロ7・カザルスのチェロの音は、何なのでしょうか?

 他のチェロ演奏よりは、やや甲高く聴こえ、それが頭に響いて「ここちよい」、それは、なぜであろうか?

 ほかのことに集中していても、ふと、このチェロの音に耳を傾けると、頭が反応し、その音を追随してしまいます。

 おそらく、これを同調(シンクロナイズ)あるいは共鳴(resonance)現象というのではないでしょうか。

 これらの現象のなかで、音と触れ合う、この段階に至りますと単に「聴く」という次元を乗り越えて「浸る」、あるいは共に「響き合う」という段階に達しているのではないかと思います。

 それゆえに、聴き飽きるという体験は少しも発生せず、何度聴いても、「浸り、響き合う」ことができ、その感覚が新鮮で大切だと思うのでしょう。

 この時、聴き手の私は、演奏しているカザルスさんに近づいたことを感じます。

 その頭のなかの映像は、ホワイトハウスのカザルスさんではなく、地元カタルーニャ地方の小さな教会で毎日練習を行っていたカザルスさんです。

 かれは、この地を拠点にして演奏活動を行いました。

 また、スペインのフランコ政権に抗議し、フランスに亡命しました。

 それでも、反フランコ独裁勢力の支援に努め、平和活動を続けました。

 この響きは、自分の信念を貫きながら、日々の練習のなかで磨き上げられたものだと思います。

 それゆえに、かれの音には、小気味よい甲高さとともに重厚な奥深さがあるのではないでしょうか。

 そんなわけで、カザルスさんとは、これからも長い付き合いをする仲になっていくでしょう。

 (つづく)

hoikuenn
ユッツが通っている「むさしこども園」