ロハスとは、「Lifestyles Of Health And Sustainability」の略称のことです。

 前回の記事で予告した「光マイクロバブル動的平衡論」については、別稿において執筆を開始しましたので、「光マイクロバブルの思考(4000回記念)」をご参照ください。

 「コロナパニンデミック」が発生して半年余、世の中が文字通り音を立てて変わり始めています。

 これは、とてつもなく大きな「うねり」に例えられ始めました。

 その特徴は、それが、「今だけ、金だけ、自分だけ」という聞きなれたフレーズに象徴される「新自由主義」が、「こんなにも、もろかったのか」という吃驚現象をともなって瓦解していくことと同時並行で発生していることにあります。

 このうねりの根源には、「命と生活を自分で守る」という基本をより強く自覚し始めたことがあります。

 健康でなければ、自分も家族の生活も支えられない、つくづく、こう思うようになったのです。

 この思考は、その基礎において、次のパラダイム現象に結びついていきました。

 その第一は、10万円給付(未だに多くの方々に支給がなされていない)、中小企業における持続化補助金の給付の遅れと電通による異常な「中抜き」、愚策マスクの配布、意のままに法相と検事総長を動かそうとした策略の失敗、多額の税金を選挙買収に悪用、それらを受け取った側の買収ドミノ現象など、あまりにもひどくて情けない政治経済的事件に接し、それらへの国民の怒りによって政治的関心を向上させられたことでした。

 「もういい加減にせよ、こんな政治でよいはずがない。恥ずかしくないのか!」


 圧倒的多数の方々が、それぞれの立場から、自分の命と生活を通じて政治や経済の在り方を考え始め、「これではいけない」と思いはじめ、それが大きなうねりの形成に発展してきたのではないでしょうか。

 「命と生活を自分で守る」という「自己うねり」が、それを破壊する政治に対する「抗議のうねり」へと転化し、それが巨大化し始めたのです。

 その政治と国家機構は泥船化し、内部から至る所で崩れはじめ、そこに海水が浸入してきて、もはや沈没を防ぐことができない状態に至っています。

 その典型が、広島における税金を使った選挙買収であり、その逮捕者たちの映像を目にするたびに、これこそ「今だけ、金だけ、自分だけ」の典型的モデルだ、という思いを強めています。

 これらの「自己うねり」、「政治へのうねり」は、何をもたらすのでしょうか。

 病院関係者は、赤字で倒産しそうな今後の病院の在り方を考えざるを得なくなりました。

 自動車が売れなくなった自動車企業は、この状況をどう脱するかを考え始めました。

 インドまで到達した砂漠飛びバッタの襲来、相次ぐ南中国での大洪水による氾濫などによって間もなくやってくる食糧危機の「おそれ」を国際連合食糧農業機関(FAO)が警告しています。

 文学者が文学を認める際には、その最後において政治の在り方を論ずるようになりました。

 この流れは、少なくない文化芸術者が、検察官の無理な勤務延長に抗議した流れと同調しています。


 これらの動向と共鳴は、巨大な流れの集中現象に現れ、さらに社会的な大きなうねりへと発達しているのではないでしょうか。

 この巨大なうねりを伴う流れを押し返すことはできません。

 しかし、未だかなり多くの方々が、そうではなく、元に戻せると思っておられるようです。

 その典型が、株価の回復に一喜一憂している姿であり、この株価の回復こそが、すべての回復の切り札だと信じ、それを希っていることなのです。 

 それらの方々には、目の前に広がっている新たな世界が観えていません。

 株価上下の「うたかた」に踊らされていると、取り返しのきかない奈落に落ち込んでいく可能性があるのではないでしょうか。 

 これらの巨大なうねりの流れのなかで、じっくりとこれからの社会の在り方をスローに考えていくことが重要であるように思われます。

 この観点から、感染症の時代におけるロハスの生活観を探究していくことが大切ですね
(つづく)。

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新旧の万華鏡(紫陽花)(上が新たな蕾、下が少し前に咲いた花)