今回のコロナショックの発生に際し、経済アナリストの藤原直哉さんは、何年か前に講演を行い、そこで提唱していた「健康立国」の内容が、このコロナ災禍の時代、すなわち感染症の時代への突入においてぴったり適合するようになったといって、その再解説をなされていました。

 その柱は、次の3つです。

 1.ストレスのない職場

 2.病気にならない生活

 3.安心できる社会インフラ


 じつは、これらについては、私がT高専を2012年に退職してから、ここ国東に移り住んで目指してきたことと、かなりの部分においてよく一致しています。

 「なるほど、そうか!」

と思い、この内容をより深く検討することにしました。

 以下、その考察の結果を簡単に示しておきましょう。

 ①構造的なストレス社会


 現代は、深刻なストレス社会といわれています。

 少し前に「24時間働けますか」というコマーシャルが流行したことがありました。

 1989年のことであり、バブル経済が頂点に達する前の、いわば「黄金の時代」あるいは「奇跡の30年」が終わるころにおける広告でした。

 24時間働けば、それだけ報酬も得て、よい生活ができると信じて多くの若者たちが寝ずに働いた時代でした。

    しかし、その後バブル経済が弾けて、それとともに、このコマーシャルは消え失せました。

 銀行や証券会社が潰れ、「失われた10年」といわれるようになり、それがなし崩し的に「失われた30年」にまでなり、その最後の暴落が、このコロナショックになってしまいました。

 この30年間、相変わらず「働け、働け」の号令は変わらずでしたが、一方で賃金の方はほとんど増えず、その分だけ働き方が跛行的になり、どこまでも歪んでいくことによって職場や社会に膨大なストレスが蓄積されてきたのではないでしょうか。

 そのなかでさまざまな格差が広がる一方で、その典型が、膨大な非正規職員の増加によって正規と非正規の差は極限にまで達したことでした。

 ここ国東では、今でもその爪痕が残っていて、非正規職員が入居することを当て込んだアパートが至る所に建てられたままで、空き家同然の状態になっています。

 不動産屋も困っているのでしょう。1DKの家賃月5000円、最初の3か月は家賃免除、敷金礼金なしなど、という好条件であってもほとんど入居には至ってはいません。

 これが現実であり、その小さくないストレスが押し寄せた跛行的社会現象の典型ということができるでしょう。

 なぜ、このようなストレス社会が出現したのか、かれは、その原点について次のように述べています。

 「命よりも、お金が優先されたからだ!」 

 「今だけ、お金だけ、自分だけ」というおかしな言葉が流行っていましたが、それを、みごとに薙(な)ぎ倒したのが、今回のコロナショックです。

 社員は、お金を求めて世界中を移動させられ、まるで野獣のような形相になっていました。

 一方で権力者たちは、利権のためでしか動かないようになり、本来の「ものづくり」の心を忘れ、リストラを当たり前と考えるようになりました。

 やがて「架空」でしかない利益を本物と錯覚するようになり、膨大なマネーストレスが溜まる世の中になってしまいました。

 命がなくては、その「お金」優先は成り立ちません。

 そのマネーゲームのストレス社会の足元をコロナが崩し始めているのではないでしょうか。

 お金優先から命優先の社会へ、この本格的なパラダイムシフトが大規模に起こっているのではないかと思います。

 ②病気にならない生活


 これを実現するには、あらゆる方法を総動員して、自らの免疫力をアップさせ、コロナにも打ち勝つための知恵と工夫が求められるようになりました。

 今回の新型コロナウイルスの特徴は、一度感染すると、短期間に悪化し、命を失う「致死ウイルス」であることが最近になって指摘されるようになりました。

 どうやら、最新の情報によれば、本来日本人が持っている抗体において、それが免疫力を発揮させるものと、そうでないものの2種類があるようです。

 この児玉龍彦東大名誉教授の発見は、きわめて注目に値します。

 前者の場合には、死に至るまでの深刻な病状に至らず、これが影響して死者数が欧米ほどに増えない原因ではないかという推測がなされるようになりました。

 これは日本だけでなく、韓国、台湾、中国の沿岸部の都市においても同じ現象が起きていますので、真に注目すべき現象といえます。

 もしかしたら、ニューヨーク州とカリフォルニア州において死者数が極端に違う原因の一つが、この東アジアで死は数が少ないことと関係しているのかもしれません。

 若いころは、病気になるまでの仕事を行うのが本当の仕事だ、と勘違いをしていましたが、今やこれは大変な間違いであり、きちんと健康をめざしながら価値ある仕事を行う、これがベストの生き方であると認識するようになりました。

 病気にならない生活とは、意識的に健康をめざし維持発展させることを生活の中心に据えることであり、仕事だけでなく、食生活や人間関係においても、その洗練をめざすことが重要です。

 ③安心できる社会インフラ
 

 わが国の大都市においては、これとは逆の安心できない社会インフラが溢れています。

 今回のコロナショックは、その大都市の弱さ、耐性のなさ、備蓄性のなさをまざまざと見せつけました。

 これも、あまりにも度が過ぎて「お金優先」の指向が極まったからではないかと思います。

   大都会において、深刻な不安を感じる社会インフラをいくつか指摘しておきましょう。

 その第1は、大都会において、風害、水害によって深刻な危険地帯がたくさん存在していることです。

 この数年、その事実が明らかになり、多くの被害によって直接苦労される住民の方々が増えています。

 堤防の破堤、堤防からの氾濫、浸水、建物の倒壊、土砂崩れ、土石流など毎年のように惨事が繰り返されています。

 大都会は安全地帯ではなく、逆に危険地帯と化しつつあるのです。

 これだけ進んだ21世紀の世の中で、なぜ、このような国土破壊が繰り返し起こりうのでしょうか。

 その原因は、国土を守るための長期的な政策の立案と予算化がきちんとなされ、国土を安全にしていくという基本が確立されず、場当たり的な予算対応しかできていないことにあります。

 たとえば、沖縄の新基地埋め立てを断念し、全国の河川整備、溜池整備、土砂災害危険地域の整備を抜本的に行うべきです。

 このままでは、これまでと同様に毎年のように風水害を被り、さらには巨大地震があれば、さらに国が破れていくことでしょう。

 第2は、首都圏7、関西圏における満員電車による通勤混雑です。この押すな押すなの状況は日本ぐらいであり、その改善が行われないままに放置されています。

 ここが、今回の新型コロナウイルスの感染場になっていることは明らかであり、なぜ、この問題を根本的に解決しようとしないのか、ふしぎです。

 昨今の知見において今回の新型コロナウイルス感染の特徴は、発症前後の数日間において感染率が最も高いことにあり、8割の接触を無くすという自粛では、その根本的な対策法になっていません。

 通勤方法を含めた根本的な働き方改革がなされる必要があります。

 第3は、24時間営業のコンビニ問題です。

 これは、明らかに都市において出現している問題であり、国東に棲む私にとっては、年に1、2度しか訪問しない場所です。

 それ故に、コンビニの必要性を感じることはなく、日常の生活において意識している場所ではありません。

 そこよりも安くておいしいものが地元にはあり、それを基準にして考えますと、コンビニでは一応洒落たものがありますが、高くておいしくない、これがコンビニを指向しない理由なのです。

 最近の都会では、コンビニを最も多く利用しているのは高齢者だそうで、若者は、その高い商品を頻繁に買えないようになっているようですね。

 そのコンビニでは24時間のビジネスが最初から展開され、深夜族の人々には便利でしたが、そのような購買者もかつてほどではなくなってしまいました。

 このコンビニにおいて、私が心配していることは、今後起こるであろう食糧危機に備えて、そのシステムが十分に働くかどうか、ということです。

 今回の新型コロナウイルスの蔓延、アフリカのバッタの大量発生、中国の異常気象による干ばつや降雪、これらによって農村が破壊され、食糧飢饉が発生する可能性があります。

 今や、中国からは大量の農産物やその加工食品が大量にわが国に輸入されていますので、その大元において飢饉が発生すれば、その影響を受けないということはあり得ません。

 この食糧危機が起こった時に、日本のコンビニは大丈夫なのか、それに耐える力を持っているのか、これが心配です。

 第4は、ものづくりの拠点が無くなっていくことです。

 新型コロナウイルス感染によって、ヒトの動きが停止し、膨大な売り買いがストップしました。その損失の総額は、まさに天文学的数字に至っているでしょう。

 このような深刻な危機において、それを回避し、国を救うことができるのは新たな独創的技術であるはず。

 なぜ、その重要性を指摘し、国や地域を上げて、この救国の課題に取り組まないのでしょうか。

 ある東京六大学の教授は、コロナで大学も自粛していると素直に現状を語られていました。

 今こそ、憂国の意識ある方々によって、その作戦を実現していく必要があります。

 その新技術の開発とイノベーションによって、ものづくりの社会インフラを再構築していくのです。

 このコロナ災禍を契機にして、私も、その「ものづくり」作戦に参加する一翼を担うために、

 1)医療、福祉

 2)アグリ

 3)ペット 

の分野における改革プロジェクトを発足させ、できるところから実際に取り組み始めました。

 今のところ、小さな、そしてわずかな動きですが、これが徐々に膨らんでパラダイムシフトに少しでも貢献できると幸いです。

 今後、さらにプロジェクトを徐々に増やして、その持続的発展をめざします。
 
kirino-55
霧の麦秋