今回の新型コロナウイルスの報道に接して、おかしなことが、いくつも観えてきています。

 ①クルーズ船での封じ込みを行い、なぜ迅速にPCR感染検査を行わなかったのか?

 ②船内での感染者が大量に発生したのに、この封じ込めは成功したと強弁したのはなぜか?

 ③下船後の感染者に対して、陰性であるからといって公共交通機関を使って帰ってくださいという通知をなぜ出したのか?

 ④なぜ、未だに乗員の検査を実施しないのか?
 
 ⑤クルーズ船内における最高責任者である厚生労働副大臣を始めとして船内で対応している厚生労働省職員の検査を、なぜしないのか?

 ⑥多くの発熱者や咳をする患者がPCR検査を希望し、それに医師も賛成して保健所に連絡しているのに、しかも保健所の所長もなんとかしたいと思っているのに、なぜその検査が行われないのか?

 ⑦感染症学会が、新型コロナウイルス感染が蔓延しているといっても、なぜ、それに呼応せず、感染者数は少ないと言い訳をしてきたのか?

 ⑧専門家会議において「ここ1、2週間が勝負」といいながら、全国的なイベントの自粛を、なぜ要請したのか?

 ⑨なぜ、来週からの小中高の休校を突如要請したのか?

 ⑩そんななかで、足元の首相補佐官が自分のパーティーを強行し、なぜ、「東北は感染者がいないから」とお粗末な発言をして居直ったのか? 

 ある優れた経済アナリストが、次のようの語っていました。

 「このような時によく出てくる言葉は、『大したことはない』と「大変だ!」の2つである。このようにいう人は、それをいうだけで、その人からは何も出てこない」

 上記の①~⑩の疑問は、この名言に照らすと、そのまま当てはまるように思われます。

 たしかに、致死率は低い、若い人はかかっても大丈夫、検査で陰性だったから、公共の交通機関で帰ってくださいなど、信じられないほどに浅薄な発言がまかり通っていました。

 そして、今度は「大変だ、大変だ」と思って、一斉休校の要請を行う、この短慮の背後には何があるのでしょうか?

 上記の①~⑩をじっくり考えてみて、浮かび上がってきたのは、自分のテリトリーを固守しようとする国立系の機関と担当省の一部の「専用意識」ではないか、ということに気づきました。

 「自分たちはコントロールできている」という意識が強い余り、その船内から多数の感染者が続出しているのに、それを言い放った姿は、その典型ではないかと思います。

 また、その支配的意識が募っていくと、PCR検査を広く行うことは、自分たちにとって不都合な事態に陥るので、屁理屈をつけて、その拡大を防がねばなりません。

 そういい、その事態を硬直化させながらも、毎日の感染者数の拡大という事実には慄く、しかし今さら、その姿勢を変えることはできないというジレンマに陥る、これが、その本質ではないかと推察します。

 一方で、新型コロナウイルス感染の蔓延は、誰の目にも明らかになり、韓国やイタリアのような流行の報によって、その一部のコントロールがもはや不可能になって、今度は逆に振れて「大変だ」と思い始めたのではないでしょうか。

 今朝のテレビ報道において、良心的は発言を続けているO教授が、「一部のテリトリー固執者」のことについて批判されていましたが、この病巣的対応を克服していかないと、それこそ日本社会は大変なことになっていくのではないでしょうか。

 この固執者たちは、大変な事態になれば、黙りこくって逃げ出すだけなので、最初から自分を優先させているにすぎません。

 「わが亡きあとに洪水は来たれ!」では済みません。

 ここは、「大変だ、大変だ」の本質を賢く見抜くことにしましょう(つづく)。

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清水寺の池(杵築市大田村)