昨年の台風19号が襲来した際には、その災害情報をテレビで首ったけになって見続けていました。

 大規模な強風範囲と大量の降雨が、この台風の特徴でした。

 台風の襲来前から、南風によって湿った空気が運び込まれ、連日100㎜を超える豪雨が集中的に降っていました。

 その台風による被害の報道を視ていて、23時過ぎから「これは大変なことになった」と思いました。

 それは、台風が到達する前に、すなわち台風よりも北にある地方の河川において、「氾濫危険水位」を超えたというアナウンスが次々に報じられたからでした。

 周知のように「氾濫危険水位」とは、堤防すれすれまで水かさが増して、河川水が堤防から溢れ始める水位のことです。

 通常の洪水調節では、この水位に到達しないようにダムにおいて流量を制御することになっているのですが、その方法が、今回のような多降雨の台風の場合には無力であることを明らかにしました。

 「この場に至っては、ある程度の氾濫が起きても仕方がない。もうどうしようもない!」

 これが、その時の感想でした。

 しかし、それからしばらくして、今度は、さらに恐怖を覚える報道が、いくつものダム貯水池において発せられました。

 それは、ダム貯水池が満杯になり、ダムに入ってきた水を、そのまま放流するという、いわゆる「異常洪水時の操作」によって「緊急放流」を行うというアナウンスでした。

 その下流では、氾濫危険水位を超えていた河川が数多くありましたので、それに加えてダムの緊急放流が大量になされると、その下流では大規模な氾濫が起こり、それが原因で堤防が破れ、最悪の災害を招く恐れがあることが予想されたからでした。

 このダムによる緊急放流のアナウンスは1つや2つではなく、台風の進路にしたがって、次々になされる知らせが報じられていましたので、これはとてつもない広い範囲で、しかも中小河川はおろか大河川においても、氾濫と破堤による流出が起こり、かつてない大きな被害が起こるであろうと予測しました。

 なかには、一旦、その緊急放流を行なうというアナウンスをしたダム貯水池において、その後いくつかは、そこまでに至らないところもあり、胸をなでおろすこともありました。

 しかし、それは1、2のダムに留まっていました。

 真夜中を過ぎて気になりながらも、テレビにおいては各種の情報が集まらなくなり、そのままの状態で朝を迎えました。

 「未曾有の大水害になる、堅牢で破堤はしないといわれていたのに、いくつもの河川で破堤による氾濫が起き、大量の水と土砂が住宅地に流れ込んでいるであろう」

 この予想は、その通りになりました。

 しかし、この朝の時点における報道には、首を傾げるような「おかしなこと」がありました。

 それは、昨夜から未明にかけて盛んに報じられていたダムの緊急放流に関する報道がまったく無くなっていたことでした。

 代わりに、国と報道機関から聞かされたことは、かつてないほどにたくさんの降雨があったとして、それが災害の理由であったという説明がなされていました。

 つい数時間前まで、ダムの緊急放流を行なうことが次々に報じられていたではないか。

 なぜ、そのことを一言もいわなくなったのか?

 これは明らかに「おかしな現象」でした。

 未曾有の河川大災害がテレビ画面から流されているのに、その原因は雨がたくさん降っただけで説明されていて、ダムからの緊急放流のことは一切語られていない、この現実を前にして、これは意図的な情報操作がなされていると思いました。

 台風19号だけでも、7つの主要河川で堤防が決壊、全体では、河川の決壊箇所は142、決壊河川数は72、これほど大規模な河川災害はかつてないことでした。

 これは、今日の河川行政の破綻を意味しており、まったく根本から河川防災の在り方を考えなければならないことを示唆しているといってよいでしょう。

 この反省と見直しの必要性は、一昨年の愛媛県におけるダム災害において指摘されていましたが、残念ながら、その教訓が生かされなかったのではないでしょうか。

 今回の大水害には、多降雨とともに、ダムの緊急放流との因果関係がある、これは私の推察ですが、その検証が詳しくなされる必要があるように思われます(つづく)。

minibara-5
ミニバラ