今年は、激動の様相をますます帯び、波乱の2020年の幕開けになっています。

 中東では第三次世界大戦の火種がより大きくなっています。

 世界各国における異常な実体のない株高にも不安を覚えます。

 一方、国内では、国会議員の逮捕、事情聴取、事務所や家屋の捜索が相次いでいます。

 先の大戦後、わが国を支えてきた官僚は、為政者のためにウソをいい、相変わらず、文書の改ざんを行い、モラルハザードの深刻化は目を覆うばかりです。

 国を支える産業がボロボロになっても、その大企業の経営者たちの多くは、今尚円安とリストラで、その場しのぎをすることに明け暮れているように思われます。

 このような状況のなかで、私たちはますます希望を失い、暗澹(あんたん)たる思いに陥りやすくなります。

 それは、これまでに成立してきた大きな秩序(政治、経済、科学技術など)が、そのまま存続するという思い込みがあることで、その破綻が起きた時に何をすればよいかに関する準備ができていないために発生する混迷現象といえます。

 しかし、そのような事態を迎えても、それに立ち向かう方針が明確になっていると事情はまったく違う方向に動かすことができるようになるような気がしています。

 そのためには、今日の超閉塞の時代において、それに立ち向かうことができる新たな視点を確立することが、とりわけ重要ではないかと思っています。

 それは、既成のもの、大きなものに依拠するのではなく、自分の足元にあるはずの泉を深く掘り続けることではないでしょうか。

 これから、それらの大きな壁が音を立てて壊れていくのですから、そこにはたくさんのニーズが存在し、そしてたくさん生まれてくるはずです。

 ですから、そのニーズを深堀しながら、それらをひとつひとつ解決していくことによって開ける視界が重要であり、そこから滾々と湧く泉の在処が観えてくる可能性があるのではないでしょうか。

 まず大切なことは、その視力を持つことです。

 この視力とは「優れた科学の目」のことです。

 この目を養い、洗練させていくと、何気ない日常茶飯事のなかに極めて重要な何かを見出すことができる可能性が生まれてくるようになります。

 そして、この目は、その実践を積み重ねていくことによって、ますます確かなものになっていくことが可能になります。

 「今だけ、金だけ、自分だけ」の世相の中で、「今だけではなく末永く、金には換えられない普遍的な価値を持ち、それはやがて価値ある金にもなり、その方だけでなく多くの方々にも役立つ」思想を育てる必要があります。

 この思想の洗練と鍛錬は、その具体的実践のなかで成し遂げられます。

 その意味で、どんな小さなことであっても、そこには必ず真理が存在し、その本質を究明することによってこそ、そこに小さくない価値と普遍性を発見する可能性が生まれてくるのだと思います。

 今年は、その小事であっても、その着実な実践を積み重ねていくことに努めます。

 また、その取り組みを小事の次元に留まらせず、低くない価値と狭くない普遍性を高めていきたいと思いますので、どうかよろしくお願いいたします(つづく)。

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              私が淹れたカプチーノ