本日は三連休の中日、あいにくの曇りで少々肌寒く、冬らしい天候です。

 先日、山梨に帰っていったしらたまちゃんらに約束した図鑑と本がそろいましたので、それらにお菓子を添えて送ることにしました。

 そのなかで、小学校5年生の倉持よつばさんが書いた『桃太郎は盗人なのか?』を一足先に読んでみました。

 さすが、作家の椎名誠さんが、「『人と鬼』の巨大な謎の解明に近づいた」と、絶賛しただけあって、おもしろくゆかいな調査研究の本でした。

 小学校5年生が、よくここまで調べあげて、桃太郎と鬼のことを深く考え抜いたものだと感心しました。

 その第1は、彼女の仮説を設定する能力に優れていたことです。

 桃太郎は盗人である、これは福沢諭吉の見解ですが、これが本当なのかどうかを検証しようとしました。

 また、鬼は人なのか、それとも神なのか、あるいはそれ以外の想像の世界の者なのか、これらについても、しっかりした仮説を設けて、その真偽を調査研究する、この姿勢が貫かれていて、この探究の軌跡がみごとに描かれていることがおもしろさを生み出しています。

 第2は、調査能力に優れていたことです。

 上記の仮説が定まると、どこにでも出かけて調べる、これが並みの小学生とは大きく違っていました。

 近くの図書館から始まり、遠くは岐阜の図書館にまで出かけて調べ物をするという行動力には驚きました。

 同時に、自分が調べたいこと、わからないことに関しては専門家や大人に尋ねることを徹底して繰り返し、実践的に知識を獲得していくこともすばらしいことでした。

 第3は、その調査において、歴史的な考察における深掘りを行っていったことにあります。

 桃太郎や鬼のことを究明しようとすれば、昔のことを調査していかねばなりません。

 そのためには古文を読む必要がありますが、当然のことながら、よつばさんは、それを読むことができません。

 彼女は、そこで諦めるのではなく、それを読んで教えていただく支援者を見つけて、たくましく自分の知識にしていくのです。

 このように、彼女が「わかっていく」ことには必ず「行動力」の発揮が伴っていて、それこそすばらしい「創造力」といってよいのではないでしょうか。

 知識はなくて乏しくても、新たな知識を身につけていく行動力があれば、次々に創造を重ねていくことができるのです。

 この「神の手」のような創造力のすばらしさを自分のものすることを獲得できる能力を養った、これこそ体験的学習(アクティブラーニング)の典型ということができるでしょう。

 このよい実践事例のテキストをしらたまちゃんに送付し、かれの知的刺激を呼び起こすことにしましょう。

 ところで、この国東には、鬼に関する風習が残っています。

 たとえば、ケベス祭りは、その典型的事例といえるでしょう。

 また、この鬼伝説と関係して神仏混合という宗教文化が形成されてきました。

 さらに、この文化が栄えたもう一つの理由が弘法大使の密教の教えです。

 かれが唐から持ってきた密教の仏像と教えは、鬼ともいってよい苦悩や怒りを乗り越えることでした。

 よつばさんの鬼に関する研究は、この国東の鬼行事にまでは及んでいませんが、それが進展していくと、ここまで達することになるでしょう。

 しらたまちゃんの夏休みの自由研究のテーマにもなるとよいですね(つづく)。

siratama
           しらたまちゃん