本シリーズを開始するにあたり、私は、中津北校の校舎に架けられていた垂れ幕のことを記しました。

 真夏の炎天下で約40分をかけて歩いたところに、その中津北校があり、その私の正面に垂れ幕が下がっていました。

 そこには、次のように書かれていました。

 「北高生よ、大海を渡る風になれ!」

 執筆者の高校生に寄せる思いが、そのまま示されていましたので、汗だくだくになって歩いていた私は、これが印象深く気に入りました。

 そこで、この言葉を拝借して、

 「光マイクロバブルよ、大海を渡る風になれ!」

と、その記事の文末に認めました。

 以来4カ月余が経過し、その間にいくつかの「おもしろくてゆかいな」できごとに遭遇することができました。

 しかし、それらは、おもしろくはあっても「大海を渡る風になる」ほどの「ゆかいさ」を有するものではありませんでした。

 おそらく、いつかは「大海を渡る風」を吹かせるようになるのではないか、という予感を覚えながら、その実現を日々願ってきました。

 この「大海を渡る風」は、いくつかの歌にもなっているようですが、季節が変わると海の向こうから風が吹いてきます。

 たとえば沖縄では、この風は南風(はえ)と呼ばれ、春から夏にかけて南の赤道付近から吹いてくる温かい風を表しているようです。

 また、夏の昼間に海から渡ってくる涼しい風もみなさんの記憶に残っているでしょう。

 山本コータローの有名な『岬めぐり』のなかに出てくるバスの車窓からは、涼しげな風が吹いていたのではないでしょうか。

 この大海を渡る風のことを念頭に入れながら、前回に続いて光マイクロバブル水に関する②の実験結果について概説を試みましょう。

 すでに明らかにしてきたように、この②は、私どもがいう「生光マイクロバブル」を用いた実験です。

 これをわかりやすくいえば、発生させられた光マイクロバブルが、見た目において消えて無くならない、時間でいえば数十秒以内の光マイクロバブルを含む水を利用した実験なのです。

 それでは、前記①とこの②の光マイクロバブル水の作用効果は異なるのかという疑問が湧いてきますが、それは、対象とする目的に照らすと大いに異なることがありうるのです。

 もちろん、そうでない場合もありますので、それは何をどうするかの目標によって使い分けることが非常に重要なのです。

 そのことが解らないと、なにもかも同じになり、最後には、マイクロバブルであればすべて同じ、作用効果も同じという小さくない過誤に陥ってしまうことが多いようです。

 光マイクロバブル技術を用いて成功に至るには、その目的に則して光マイクロバブルの物理化学的特性を正しく適用することが不可欠といえます。

 私どもは、だれよりも、その成功の法則を理解しているうちの一人だと思っていますので、この観点から上記②の実験を行ったというわけでした。

 さて、その実験結果は、どうだったのでしょうか?

 今度は、①のわずかな変化がより明瞭になり、顕著な傾向が出現してきました。

 「ずいぶん、解りやすくなってきましたね」

 「そうですね。これは明らかに、先ほどのものと違っています」

   
「どうやら、間違いはないようですね。しかし、これで十分かといえば、そうではないですね」

 それは、ようやく新たな究明の糸口が見えてきた程度のことであり、当然のことながら、その入り口に足をぐっと踏み入れて新たな世界に躍り出ていく必要がありました。

ーーー もしかして、これは決して小さくない世界が垣間見えてきたことをいみするのではないか。

 光マイクロバブル技術によって、その制御を自由自在に可能とすることになれば、これは真におもしろく、ゆかいなことになるのかもしれない!

 これは、温かい南風が舞い上がり、北へと向かって大海を渡り始めたことを意味しているのではないか。

 このような思いが、いつしか、ぐっと、私の身体のなかからこみ上げてきているように感じました(つづく)。

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 ブーゲンビリア(沖縄市にて)