前記事において、アントニー・ゴームリさんの鉄の像「Another Time XX」を旧千燈寺近くに置いた画像を眺めているうちに、ある重要なことを発見しました。

 この像は、東の方角を向いていました。

 眼下には、緑の森が至る所に繁茂し、その向こうには左に姫島、中央に伊美港、右には、豊後灘が見えていました。

 ゴームリさんは、この像によって国東半島の過去、現在、未来を見通すという主旨の文章が寄せられていましたが、その芸術の目で観てみると、国東半島に関する新たな発見を得ることができました。

 すでに、何度も指摘してきたことですが、作家森村誠一氏は、国東半島のことを「日本の地中海」と呼んでいました。

 なぜ、かれは、このような命名を行ったのか?

 その理由をやや深く考えてみました。

 地中海は、ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸の中間地にあり、大きな内湾といえます。

 明るい太陽と亜熱帯気候の下で、豊富な漁業資源が生成され、船を通じての人々の往来を盛んにさせました。

 この内湾に大きく張り出しているのが、イタリアやギリシャの半島であり、これらには古くから海の幸、山の幸が生み出されてきました。

 わが国における代表的な内湾は瀬戸内海です。

 その平均水深は38m、約2週間をかけて海水が入れ替わります。

 ここには、かつて豊かな漁業資源がありました。

 それゆえに、多くの人々が、この沿岸に住み豊かな生活を営んでいました。

 しかし、ここにコンビナートが侵入し、その海岸線には巨大なコンクリート堤防が築かれてしまいました。

 そして、今では海の底にヘドロがたくさん堆積し、豊かな海の幸の宝庫だった瀬戸内海が死滅し始めました。

 そのシグナルとして、あれほど豊かに獲れていた海の幸がほとんど獲れなくなってしまったことです。

 豊後水道を北上して、それが衝突する山口県祝島では、そこでの漁獲量がかつての1/10にまで激減してしまいました。

 しかし、そこに隣接している豊後灘においては、まだその否定的影響が及んでいません。

 それは、なぜでしょうか?
 
 一方、大分県の県南地方の海域では、近年好ましくないプランクトンが発生し、それが魚の味に好ましくない影響を与えているようです。

 ここには豊後水道を北上する新鮮な黒潮の一部が到達していますが、この限りにおいては、海の水質が低下しているという現象は起きてはいないのではないでしょうか。

 私は、その海を涵養する陸地側の方で、その涵養力が年々徐々に減退しているのではないかと推測しています。

 私が、そのように思うようになった理由は、その境目の海域で育てられた魚の味が落ちてしまい、かつての価格と比較して極端に低価格化していることでした。

 その魚をいただいて食べたことがありましたが、その味は、その低価格化を裏付けるものでした。

ーーー こんなに立派な魚の形と大きさなのに、どうして、こんなに安いのかと思っていたが、これを食べてみると、この味では、この価格でも仕方がない。


 残念ですが、こう納得してしまいました。

 かつては、水揚げ量全国1位を占めていた魚ですが、今では、その見る影もなくなってしまいました。

 しかし、このような否定的状況は、豊後灘の方には及んでいない、かねてより、

 「それは、なぜであろうか?」

と思い続けてきました。

 国東沖で水揚げされた魚をいつもいただいていますので、

 「こちらの魚は、なぜ、おいしいのであろうか?」

とも思ってきました。

 ところが最近になって、この疑問を解くヒントが国東半島にあるのではないか、と思うようになりました。

 「そうか、県南や日向地域には、国東のような大きな半島はない」

 しかも、豊後水道は内湾ではなく、潮が北上していく流れであり、これも国東沖の海の事情とも大きく異なっています。

ーーー 古からの魚のおいしい味がしっかりと維持、確保されている、これが国東沖の海ではないか。

 このように思うことで、国東の海の幸の豊かさの理由が、朧げにも解りかけてきたような気になりました。

 国東半島が、国東の豊かな海の幸を育てているのではないか。

 そうであれば、「国東物語」の主人公は、「国東半島」自身であると考えてよいでしょう。

 次回は、その理由についてより深く分け入ることにしましょう(つづく)。

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                 国東半島遠望