K窯の社長さんとの有田焼論議は、大変興味深く、その歴史や技法の細々についての話にまで及びました。

 周知のように、有田焼は、明治以降の呼び名であり、それ以前は、近くの伊万里港から出荷されていましたので「伊万里」、「古伊万里」と呼ばれていました。

 古伊万里は、濃い青色の模様が描かれた焼き物であり、これが、国内航路によって広まっていきました。

 透明感があり、軽くて割れない磁器として庶民にも愛されたことが普及の源となりました。

 加えて、酒井田柿右衛門によって華やかな色付けがなされるようになったことで、ARITAは、世界の人々の心までを奪うようになりました。

 個々の芸術性を高めるとともに、広く庶民にも愛される普及性を同時に追求してきた有田焼のモノづくりが、今にどう受け継がれているのか、これについても、最新の作品を披露していただきながら、その談義はますます深まり、おもしろくなっていきました。

ーーー いったい、あのような作品が、どのようにして製作されているのであろうか?

 私は、これまでに萩焼や備前焼の製作現場を見学したことがありましたが、これらには上絵付という作業がなく、釉薬も、どちらかといえば素朴なものが用いられていました。

 しかし、有田焼は、上絵付の作業を繰り返しながら、模様描きとともに、そこにカラフルな色付けを行っていきますので、より人の手が加わっていくことになります。

 「このあたりで、工場の方を見ていただきましょう」

 そこは、元の小学校の建物が移築されて建造されており、平屋の広大な校舎のなかにぎっしりと有田焼の食器が所狭しと、うず高く貯蔵されていました。

 まずは、型づくりの現場に案内されました。型には、型の型と呼ばれる原形の型と普通の型の2種類があり、前者は永久保存版で、後者は、一定量の磁器を生産すると使えなくなるのだそうでした。

 ところどころには、みごとな手さばきで黙々と作業をなされている方々がおられました。

 一番奥には、大きな窯が5つ並んでいました。

 また、奥に向かって右側の奥には、少し前まで使用されていた横長の窯もあり、このなかで、焼き物を移動させながら焼いていたのだそうでした。

ーーー なるほど、このようにして焼き物を作っているのか!

 ここに、有田焼のモノづくりの重要な舞台裏があると思いました。

 その折、本記事の冒頭に記した名前入りの板について質問しました。

 「この名前入りの板は、焼き物づくりと関係しているのですか?」

 「大いに関係しています。この板は、魚の市場で用いられていたトロ箱です。このトロ箱に魚を入れるのではなく、焼き物を入れて運んでいました」

 「なるほど、そうだったのか!」

 今もなお、このトロ箱は、至る所で使用されていました。

 この見学の最後は、トレジャーハンティングのコーナーでした。

 ここには、1万円と5千円の2つのコースが設定されていました。

 それぞれには買い物籠が用意され、それにいっぱいの焼き物を入れることができます。

 家内が、この1万円コースを選びましたので、私も、それに協力することにしました。

 山のように積まれた焼き物のなかから、よさそうな「お宝もの」を探し出し、それを籠の中に入れていきました。

 しかし、その「お宝」を簡単に探し出すことはできませんでした。

 なぜなら、私どもには目利き力がなかったので、容易に、お宝どころか、よい焼き物を探し出すことに苦労したからでした。

 このコーナーを訪れた際に、社長さんが、その選び方のコツを教えてくださいました。

 「これは、とても良いポットです。このようなものを探し出してください。しかし、このポットには蓋がありません。この蓋を見つけることができるとよいですね」

 これを聞いて、私は、このポットに合う蓋を懸命に探しましたが、とうとうそれを見つけ出すことはできませんでした。

ーーー そうか、この蓋がなかったので、この立派なポットが残っていたのか!

 そうこうしているうちに、このハンティングの終了時間となり、翌日の朝も継続して行ってよいと聞いて、籠はそのままにして、いったん中断することにしました。

 トレジャーハンティングは、なかなかおもしろかったですね。しかし、目利きを短期間において養うのは難しかったですね。社長さんに見つけていただいたポットの蓋は、結局、見つかりませんでした」

 「そんな時は、あのポットに合う蓋が、工場の方に残っていませんか?と尋ねてみられてはどうでしょうか?」

 「それは良いことを聞きましたね。早速家内にいっておきましょう。私は、明日の朝から佐賀大学名誉教授に会うことになっていますので参加できませんので家内に任せることにしました。蓋が見つかるとよいですね」

 
結局、家内は、翌朝も相当に良く目利きを発揮され、満足のいくハンティングを行ったようでした。

 そのポットの蓋は、工場内にも見当たらず、新たに2千円で製作していただくことになったそうです。

 じつは、このポットは、社長さんがまだ若いころにアールヌーボー風として熱心に製作されたもので、とても品質の良いものが、この1万円コーナーに紛れ込んでいたのでした。

 たとえば、この
トレジャーハンティングにおいて50個の焼き物を籠のなかに入れることができたとしますと、その焼き物1個は200円になります。

 ですから、そのアールヌーボー風のポットは200円相当になりますが、実際は、その 100倍以上にもなるそうで、それを聞いて家内はとても喜ばれていました。

 この
トレジャーハンティングの終了時間になって、少し早めにK窯の陳列室に戻り、そこにいた社長さんと、より一層の有田焼談義を弾ませることになりました(つづく)。


 
kozara
           
トレジャーハンティングで見つけた小皿