9月5日早朝、車で佐賀に向かいました。天気はやや曇りですが、北西の方角は明るく晴れているような雲いきでした。

ーーー 今日は、この天気のように明るい展望が生まれるかもしれない!

 車窓からは、国東から日出・速見に向かう高速道路か別府湾を望む美しい光景が見えていました。

 速見インターからは九州横断道路に入り、すでに快晴の清々しい秋の気配が漂うなか、左に雄大な由布岳を見ながら一路鳥栖を目指しました。

 「今日は、おもしろくなりそうですね」

 「そうですね。これも若手国際ビジネスエキスパートであるSさんの紹介があったからで、それに私どもの開発プランがぴったり合ってきたという感じでしょうか」

 
「そこが重要なところです。何事も上げ潮引き潮の波がありますので、今の光マイクロバブル技術は、これから二度目の、そして本格的な上げ潮を迎えるのではないかという予感を覚えています」

 「今回の佐賀訪問が、その一つの上げ潮要因になるとよいですね」


 車は、九州横断道路をかなり進み、玖珠インターにおいて休憩、朝食のための食物を確保することにしました。

 私の定番は、卵入りの蒸しパンであり、これと、家内と二人でいただくサンドウィッチを購入しました。

 ここからは鳥栖インターを経て一路佐賀へ、佐賀駅で上述のSさんを出迎え、合流しました。

 車中、Sさんが、これから行くK窯での「トレジャーハンティング」についておもしろい話を紹介してくださいました。

 あるときカナダ人の窯業技術習得の方が来られ、山のように積まれた有田焼の食器を見て、それが、ただ捨てられるだけになっていたので、「それはもったいない」と思われたそうです。

 かれは、いわば、そのガラクタを集め、そのなかにお宝ものを隠して、客に宝探しをさせるというおもしろい企画を考えました。

 それを実際に行ってみると、これが大当たりして在庫の山のような焼き物が、たちまち無くなってしまいました。

 この話を他の窯の方々が聞きつけ、他の窯からも焼き物がたくさん持ち込まれるようになり、大変ありがたられました。

 捨てるだけの厄介な焼き物が、お金になるのですから、これが焼き物業者にとっては、まるで宝物になったのでした。

 この
ハンティングは、5000円と1万円の2コースがあり、その焼き物を籠いっぱいに詰め込むことができます。

 小型でよさそうなものを探し出して詰め込む、これがコツだそうで、その際に焼き物に対する目利きが重要になります。

 しかし、日ごろから目利きの修練ができてはいませんので、じっくり山のように積まれた焼き物を見比べるところから始めますので根気が必要になります。


 実際のハンティングにおいては、毎日10数点の古伊万里の焼き物をそっといれておくのだそうで、Sさんは、そのお宝を見つけ出すノウハウを教えてくれました。

 聞き耳を立てるとは、そのようなことをいうのでしょうか。

 それを聞いて、私もそのお宝探しをしてみたくなりました。

 人間欲なもので、その話を聞くと、自分でお宝を探せると思い込んでしまうようになるのですから、これは性なのでしょうか。

 このような話に心を奪われながら、車はあっという間に目的地のアリタセラに着きました。

 ここには、モダンな有田焼の商店がずらりと立ち並んだ素敵な街並みがあり、一目で気に入りました。

 各店舗のショーウインドーには年代物の大皿や壺がずらりと並んでいて、まるで有田の美術館の様相でした。

 その一角にあった商店に入り、有田焼の作品を堪能、そこには柿右衛門ほかの著名作家の作品もあり、ワクワクしながら、その美術作品を鑑賞することができました。

 よくいわれているのが、「柿右衛門の赤の絵柄」ですが、その実際を目の当たりにして新たな印象を得ました。

 それは、全体としておとなしい、自然の草花や木の図柄のなかで、やや濃いめの赤の花が描かれていたことでした。

 「これが柿右衛門の赤なのか!」

 決して目立つような赤色ではなく、むしろくすんだ赤色ですが、それが、おとなしい自然の情景のなかで赤として映える、ここにみごとな美が潜んでいるようで、その赤には奥の深いものがあることを知りました。

 そうこうしているうちにお昼時になり、みんなで、この街並みの中ほどにあったアリタハウスのレストラン(2018年4月オープン)に入りました。

 ここはなかなか洒落たレストランで、客も多く、料理もおいしそうでした。

 Sさんの勧めもあって、パスタランチの「ポロネーゼ」を注文、生パスタのような味で、ソースも工夫された珍しいパスタ料理でした。

 パンはセルフで取りに行き、私が感心したのはカボチャスープであり、濃厚な味が印象に残りました。

 ここでしばらくの間歓談し、次の目的地K窯に向かいました。

 ここは創業以来143年、今の社長さんはたしか6代目だそうで、有田焼の歴史が、そのまま温存され、今尚、それが力強く生き続けているところでした。

 まず、工場の前に建てられていた木の板の壁が目に留まりました。

 その木の板には、「日水」、「山田屋」などの名前が書かれていました。

ーーー なぜ、このような名前入りの板がたくさんあるのだろうか?

 
ふしぎに思いながら、K窯元の商品陳列が置かれている社屋に入っていきました(つづく)。

kohi-0807
トレジャーハンティングで見つけたコーヒーカップと自家製カプチーノ