「雨にも負けず、風にも負けず、雪にも夏の暑さにも負けぬ・・・」は、有名な宮沢賢治の詩にあるフレーズです。
このなかで、困った人々に対して、かれが、施し、心情を寄せてきたことなどが紹介されています。
それは、まじめに生きている農民や村民への共感であり、困った人には「それは止めたほうがいいよ」、「こうしたらいいよ」という思いやりでした。
私は、かれの詩を作曲した加藤和彦の歌が大好きで、これをよく聴いています。
賢治の心情と加藤の歌の技法が調和して素晴らしい調べになっているからでしょうか。何度聞いても、それがすばらしいと感じてしまうのです。
賢治は、肥料の研究を行い、それによって農作を改善し、農家を救おうと考えました。
私には、この考えがよく解り、賢治の行ったことのほんの一部でもよいから、なにか、為してみたいと思うようになりました。
農業の分野において、最初はマイクロバブル研究会員のSさんとの共同でした。
私の役割は、最適の光マイクロバブル水を製造し、それをSさんの栽培に役立てていただくことで共同が成り立ちました。
今年で4年目、この共同は年々発展し、素晴らしい成果を修めてきました。
品質も収穫量もアップし、Sさんの目標が達成されたからでした。
4年目になると、光マイクロバブルの作用効果は間違いないということが明らかになり、それがSさんのなかで確信に変わっていきました。
時を同じくして、2018年から大分県で「ゆけむりアクセラレーションプログラム」開始され、そのかなの2社の連携が生まれることになりました。
これらは、N社とナノプラネット研究所でした。
前者においては、無肥料、無農薬の栽培がなされており、この農作法に相通じる思想を有いしていたのが私どもの光マイクロバブル技術でしたので、この連携には、ある意味で重要な必然性がありました。
こうして新たな「ゆけむり連携」が開始されたましたが、その早々にNさんにとって驚愕の現象が起こりました。
何事も常識はずれが多いかれですが、そのかれが腰を抜かすほどの出来事が起きました。
しかし、かれにとっては、それがなぜ起きたのかがまったく解りませんでした。
私が説明しても、それを理解できなかったことから、即座にかれは、毎週の木曜日に開催されている光マイクロバブル技術特別セミナーに参加させてくださいという申し入れがありました。
もちろん、私どもは大歓迎であり、Mさんは第二期生として参加されることになりました。
一期生のセミナーがある事情で修了しないままに、第二期のセミナーを新たに開講するという変則的な事態となりましたが、これも成り行きといいますか、勢いなので、2つのセミナーを同時に行うというおもしろい話になりました。
さて、この二期生に関しては、さらにおもしろいエピソードが生まれましたので、それも紹介しておきましょう。
木曜セミナーは、18時に始まりますが、終わりは決まっていませんので、いつも21時、22時過ぎになります。
この時間に終わってMさんが家に帰ると、22~23時になります。
かれの奥さんは、この遅い帰宅が続くので、ふしぎに思い、そのうちに「この忙しい時期に何をしてるのだろう」と疑問を抱くようになりました。
あるとき、奥さんが、その理由を尋ねると、Mさんは、次のように答えました。
「セミナーの内容がおもしろすぎて、遅くなっても苦になりません。光マイクロバブルのことをよく学ぶことによって次々に新しいアイデアが湧いてきてワクワクしながら聞いています。
また、博士が話の合間に討議をしてくれますので、よく理解でき7、とにかく、おもしろいので、あなたも一緒に参加してみませんか」
こういわれて、奥さんも本気でセミナーに来られて勉強するようになりました。
今では、二人仲良く並んで勉強されています。
人生において、何が一番おもしろいかといえば、その前に立ちはだかっていた壁や門の扉が開かれ、その先が見え始める瞬間が訪れることです。
おそらく、かれにとって、その瞬間が見え始めたのでしょう。
かれとの議論は私も楽しく、ゆかいなものとなっていきました。
宮沢賢治が雨にも負けず、風にも負けず、あのように頑張れたのは、このおもしろさを感じたからではないでしょうか(つづく)。
このなかで、困った人々に対して、かれが、施し、心情を寄せてきたことなどが紹介されています。
それは、まじめに生きている農民や村民への共感であり、困った人には「それは止めたほうがいいよ」、「こうしたらいいよ」という思いやりでした。
私は、かれの詩を作曲した加藤和彦の歌が大好きで、これをよく聴いています。
賢治の心情と加藤の歌の技法が調和して素晴らしい調べになっているからでしょうか。何度聞いても、それがすばらしいと感じてしまうのです。
賢治は、肥料の研究を行い、それによって農作を改善し、農家を救おうと考えました。
私には、この考えがよく解り、賢治の行ったことのほんの一部でもよいから、なにか、為してみたいと思うようになりました。
農業の分野において、最初はマイクロバブル研究会員のSさんとの共同でした。
私の役割は、最適の光マイクロバブル水を製造し、それをSさんの栽培に役立てていただくことで共同が成り立ちました。
今年で4年目、この共同は年々発展し、素晴らしい成果を修めてきました。
品質も収穫量もアップし、Sさんの目標が達成されたからでした。
4年目になると、光マイクロバブルの作用効果は間違いないということが明らかになり、それがSさんのなかで確信に変わっていきました。
時を同じくして、2018年から大分県で「ゆけむりアクセラレーションプログラム」開始され、そのかなの2社の連携が生まれることになりました。
これらは、N社とナノプラネット研究所でした。
前者においては、無肥料、無農薬の栽培がなされており、この農作法に相通じる思想を有いしていたのが私どもの光マイクロバブル技術でしたので、この連携には、ある意味で重要な必然性がありました。
こうして新たな「ゆけむり連携」が開始されたましたが、その早々にNさんにとって驚愕の現象が起こりました。
何事も常識はずれが多いかれですが、そのかれが腰を抜かすほどの出来事が起きました。
しかし、かれにとっては、それがなぜ起きたのかがまったく解りませんでした。
私が説明しても、それを理解できなかったことから、即座にかれは、毎週の木曜日に開催されている光マイクロバブル技術特別セミナーに参加させてくださいという申し入れがありました。
もちろん、私どもは大歓迎であり、Mさんは第二期生として参加されることになりました。
一期生のセミナーがある事情で修了しないままに、第二期のセミナーを新たに開講するという変則的な事態となりましたが、これも成り行きといいますか、勢いなので、2つのセミナーを同時に行うというおもしろい話になりました。
さて、この二期生に関しては、さらにおもしろいエピソードが生まれましたので、それも紹介しておきましょう。
木曜セミナーは、18時に始まりますが、終わりは決まっていませんので、いつも21時、22時過ぎになります。
この時間に終わってMさんが家に帰ると、22~23時になります。
かれの奥さんは、この遅い帰宅が続くので、ふしぎに思い、そのうちに「この忙しい時期に何をしてるのだろう」と疑問を抱くようになりました。
あるとき、奥さんが、その理由を尋ねると、Mさんは、次のように答えました。
「セミナーの内容がおもしろすぎて、遅くなっても苦になりません。光マイクロバブルのことをよく学ぶことによって次々に新しいアイデアが湧いてきてワクワクしながら聞いています。
また、博士が話の合間に討議をしてくれますので、よく理解でき7、とにかく、おもしろいので、あなたも一緒に参加してみませんか」
こういわれて、奥さんも本気でセミナーに来られて勉強するようになりました。
今では、二人仲良く並んで勉強されています。
人生において、何が一番おもしろいかといえば、その前に立ちはだかっていた壁や門の扉が開かれ、その先が見え始める瞬間が訪れることです。
おそらく、かれにとって、その瞬間が見え始めたのでしょう。
かれとの議論は私も楽しく、ゆかいなものとなっていきました。
宮沢賢治が雨にも負けず、風にも負けず、あのように頑張れたのは、このおもしろさを感じたからではないでしょうか(つづく)。
コメント
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『雨にも負けず 風にも負けず 雪にも夏の暑さにも負けぬ 丈夫なからだをもち
慾はなく 決して怒らず いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを 自分を勘定に入れずに よく見聞きし分かり そして忘れず
野原の松の林の陰の 小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ 褒められもせず 苦にもされず
そういうものに わたしはなりたい』
あぁ。スゴイ!ただの詩ではありません。道徳か?思想か宗教か?人生の道しるべか哲学か?西暦は21世紀になり日本は令和へと。にもかかわらずこのわずか数行で書かれた「真理」はいまだ色褪せることがありません。
「生き物はみな兄弟であり、生き物全体の幸せを求めなければ、個人のほんとうの幸福もありえない」「人と動物や植物、風や雲や光、星や太陽といった森羅万象が語りあったり、交感しあったりする」「自然に対する近代の人間の傲慢さ知り、人と生き物と地球と宇宙の関係を捉え直す、新たなコスモロジーへの方向づけ」を読みとることができます。「見返りを求めない自己犠牲」こそが真理そのものではないでしょうか。
1975年から始まったG7はその役目を終えたようです。「露」と「中」抜きでのサミットなんて何の意味もなくG20でしょうね。そもそも国連の存在価値がない時代です。
ではでは。