『私たちの高専改革プラン』で示された3つ目の提言『「高専大学」構想』の解説に分け入りましょう。

 3)「高専大学」構想

 高専における自治の獲得、教育と研究の統一、高専教育研究の総合的発展を実現することは、高専の多様な質的量的発展を可能にする。私たちは、その必然的発展としての「高専大学」を目指す。「高専大学」とは、高専の教育研究における長所を最大限に生かし、発展させることによって実現され得る新しい高等教育機関である。


 三段跳びのホップ、ステップ、ジャンプに例えるのであれば、ホップは日本高専学会の設立と発展、次のステップは、地域に根ざした高専と技術づくりの実現、そして、ジャンプに相当する最終的目標が「高専大学」です。

 この『私たちの高専改革プラン』が発刊されたのは1994年ですから、ここでは、高専創立後の30年が総括され、それを踏まえた将来の展望が「3つの提言」として示されました。

 その時点から、すでに四半世紀余が経過しました。

 これらを合わせますと、高専の創立からは約57年の長きを経過していますので、それらの歴史を踏まえた考察を行うことが改めて重要だといえます。

 そこで、この四半世紀の高専と高専教育は、どのように発展してきたのでしょうか。

 その経過を踏まえながら、今の時点に立脚して「高専大学」の考察を試みることにしましょう。

 まずは、その直近25年の出来事を概括してみましょう。

 ①1992年に奈良高専をはじめとして3高専に専攻科が設置されました。これを皮切りに、すべての高専における専攻科設置が完了しました。

 ②この設置に伴い、その修了生において、日本技術者教育認定機構(JABEE)による審査・認定を受けることが可能になりました。
 また、現役の高専教員が、その審査と認定に加わるようにもなりました。

 ③また、高専においては、本科5年と専攻科2年の教育プログラムが実行され、それぞれの特徴を生かした教育を発展させることが可能になりました。

 ④とくに、本科5年生と専攻科生の共同研究が可能になり、長い間の桎梏であった「教育と研究の分断」が徐々に改善され始めました。

 ⑤同時に、高専の研究力における総体の向上が図られるようになり、それによって地域に対する貢献がより可能になりました。

 ⑥これらの教育研究の成果が日本高専学会の年会や学会誌に集約されるようになり、本学会は、わが国における高専教育研究を総合的に発展させる核になり始めています。

 ⑦さらに、それらの成果が外部機関からも注目されるようになり、それが国家戦略会議における議題になり、自民党の政策にまで掲げられるようになりました。

 ⑧この評判は、外国にまで波及するようになり、高専がモデルとなって諸外国に拡散するまでに至りました。


 これらの注目すべき発展は、いったい何を意味しているのでしょうか?

 そのことをどう考えたらよいのか?

 そして、この発展は、どのようにしてもたらされたのでしょうか?

 ここに注目してより深く考究してみることが重要なのではないでしょうか。

 これらは、高専における教育研究における総合的な発展を原動力として生み出されてきたものであり、これこそ「
高専の多様な質的量的発展」の昇華といえるのではないでしょうか。

 ここで重要なことは、その発展が偶然ではなく、「必然」として生起し続けていることです。

 また、それを成就させ、それを担ってきたのが、高専生と高専教職員であることなのです。

 そして、さらに重要なことは、この必然的発展が、何に対して準備され、何を目指しているのか、ということを明確に理解することなのです。

 
高専57年余において、数々の問題を孕みながらも、そこから血のにじむような苦労を乗り越えてきた必然的発展は、その必然の結果として何を生み出し、何を用意しているのか。
 
 ここに高専の未来における「重要な何か」が存在しているように思われます。

 
次回は、その重要な何かに、より深く分け入ることにしましょう(つづく)。

nobotan0909     野ボタンの咲くムラサキが美しい