第5のエピソードは、2泊3日合宿の最終日の朝に起こったことでした。

 「もう最終日になってしまったか。さて、最後の半日にどう臨むのか?」

 すでに、高専30年の総括を行い、その今日的課題を究明しましたので、残るは、「これから、どうするのか」の提言をまとめることでした。

 あと半日を残して、午前中の議論が始まりましたが、しばらくの間は、なかなかよいアイデアが出てこないままで議論も平行線のままでした。

 その議論とは、高専を自主的に、そして持続的に発展させるかに関することでしたが、ここで浮き彫りになったのは、高専生をどのように、どこまで育てればよいのか、という問題でした。

 これは、その10数年後に盛んに主張されるようになった教育認定(JABEE)における「到達目標」のことでした。

 これは、この時の議論が、非常に先駆的であったことを示す一つの事例であったといってもよいでしょう。 

 この場合、この到達目標とは、高専の各学年における具体的な教育成果に基づく目標のことであり、当時の高専教員は、このようなことを明確に考え、研究したことがありませんでした。

 これを具体的に定め、5年のトータルで明示しよう、この意図は素晴らしかったのですが、これがすぐにとんとんと出てくることはありませんでした。

 同時に、ここで付随的に明らかになったことが、高専と高専教育に関する研究実績の乏しさ、そしてその研究機能の未整備の問題でした。

 これまでは、それぞれが個別の問題意識で、いわば勝手に研究している段階であり、それが組合の研究集会ほかで発表されても、「それはよいですね」で終わっていました。

 この弱点は、私自身が『高専白書(第3次)』の巻頭論文を執筆するにあたり、痛切に感じたことであり、その克服をどうすればよいかは、私自身の個人的な問題にもなっていました。

 しかし、この時の議論は、あっちこっちと流れ、いわゆる平行線のままで、このまま終わってしまうことを誰もが感じていました。

 そこで、私は思い切って、次の提案を行いました。

 「高専と高専教育に関する研究をする機関がないというのであれば、自分たちで創ればいいじゃないですか。みなさん、私たちの手で学会を創りましょう。

 高専と高専教育を研究する学会は、これまで存在していません。これを私たちの手で創り上げることは、多くのみなさんに賛同していただけるのではないでしょうか」

 この提案に対し、ほかのメンバーのみなさんは、「ぽかん」とされて、何の反応もありませんでした。

 しかし、しばらくして、徐々に賛同の意見が相次いで出されるようになりました。

 「そうか、その手があったか!」

 このように思われたのでしょうか。最後には全員が賛同し、ここに高専と高専教育を総合的に研究する学会を設立することを第1の提言にすることが決まりました。

 ふしぎなことに、この提言が決まった後は、次の提言に関する積極的な意見がどんどん出され、最終的には、それらが次の3つにまとめられました。

 これは、まさに歴史的文書といえますので、その提言の原文(青字)を以下に示します。

 1)高専教育研究の総合的発展

 「高専教育30年のなかで生み出された長所を基礎として、その発展・飛躍を可能とするための総合的な教育研究運動を展開する。

 その中心機関の一つとして、『高専教育学会(仮称)』の創設を実現する」 

 2)地域に根ざした高専の実現と「日本高専」への発展

 「高専が地域に根ざしてさまざまな協力共同を行うことは、単なる地域貢献に留まらず、やがてはそれが高専教育の充実・発展に少なからずの効果をもたらし得る。

 その意味で、地域に根ざした高専の実現は、きわめて重要な今日的課題である。

 この高専づくりとそのネットワークを中心にした交流は、『日本高専』への発展に導かれる。高専の特徴のひとつはその共通性にあり、それを生かした高機能のネットワーク事業を発展させる」


 3)「高専大学」構想


 「高専における自治の獲得、教育と研究の統一、高専教育の総合的発展を実現することは、高専の多様な質的量的発展を可能とする。

 私たちは、その必然的発展としての『高専大学(仮称)』をめざす。『高専大学』とは、高専の教育研究における長所を最大限に生かし、発展させることによって実現され得る新しい高等教育機関である」


 次回は、この3つの提言に関する解説と重要な意味について分け入ることにしましょう(つづく)。

 
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                柔らかに青めく柳