先ほど、光マイクロバブル技術特別セミナーの第30回を終えました。

 このセミナーを開始したのは、昨年の10月25日ですので、じつに9か月にわたる超ロングランの特別セミナーになっています。

 毎週木曜日の18時から始まり、終わりはいつも21時を過ぎていますので、受講生は、3時間余にわたる勉強をしています。

 これを大学の単位に換算しますと、それは1時間の講義を15週間行うと1単位に換算されますので、今回で30回ということは、90時間を超えたことになります。

 これを、その大学方式で単位を換算しますと6単位に相当しますので、これはかなり綿密に、しかも長い期間にわたって習得したことになります。

 この間、この国東加村塾の塾生たちは、光マイクロバブル技術の全体をかなり綿密に勉強してきたわけですが、それを踏まえて、最近は、その集約としての「卒業レポート」の執筆が行われています。

 なにしろ、この種の長文のレポートを書いた経験がないというので、そのノウハウの初歩からの手ほどきをしています。

 ヒトの認識は、まず講義を受けて学ぶという外部刺激を受け、その内容を理解することから始まります。

 しかし、これには聞き手の理解力の問題があって、そのうちの何割かしか習得できていません。

 これをより向上させていくには、その理解したものを文字変換し、フレーズや文脈にして表現することが必要になります。

 とくに、この過程において,とくに重要なことが、それらを体系的に並べて観る、あるいは考察できるようにすることです。

 これが可能になると、その文章の体系的で本質的な理解がより可能になり、それが普遍的な知識として備わってくるようになるのです。

 しかし、このようにいうのは簡単ですが、いざ具体的に理解を進める、深めるとなるとなかなか容易ではないのです。

 実際、昨日は、書きかけのレポートの修正を次々に行っていきました。

 この修正方法は、まず、大枠における修正によって全体を整えていくことに重点を置きます。

 これができていないと、最後まで「あっち行き、こっち行き」の状態から脱せず、どこまで行っても完成しないことになります。

 修正は、個別の文書の内容から行うのではなく、あくまでも大枠から、そして中枠へと進んでいくことが大切なのです。
 

 受講生のTさんは、とても素直で、その修正の意味を理解できるようで、それによってより良い文章に仕上がっていくことに前向きです。

 この経験と修業を重ねることによって、その成果が脳内に蓄積され、それがやがて思わぬ力を発揮するようになるのです。

 文字と言語、そして文書は、人間が創り出した最高の発明であり、文化的生産物なのです。

 30回を超えて今尚継続中の「光マイクロバブル技術特別セミナー」、いったい、どこまで続いて、何をもたらすのでしょうか。

 小さな、そして細やかな国東下村塾のセミナーですが、そのうち小さくない成果が育ってくるのではないかと思っています。

 ヒトは学ぶことに意味を見出し、それによって希望を持つことができる動物なのでしょう。

 ここに、人類の確かな未来がありますね
(つづく)。

amenogekka
雨の中の月下美人