今回から、第二段階の「創造教育論」についての論究を開始することにしましょう。

 この形態に関しては、実際の授業において実習や演習を発展させた「創造演習」型と課外で行われてきた「ロボコン」型の2つに区分けが可能になります。

 前者においては、個別の技術や技能を教え、習得させながら、そこに新たな創意と工夫を考えさせ、実践するプログラムであることに特徴があります。

 たとえば、機械系の学生の場合には、万力を設計製作するプログラムが組まれていました。

 万力とは、工作対象の材料を挟むことに固定させ、それを削ったり、磨いたりするときに用いるものです。

 これにおいては、特別な万力は存在せず、標準的な仕様に基づいて、設計、製作が行われますので、そのための工作機械を使い熟すことが、その実習の主たる目的になります。

 機械や道具の技術を学び、それらを用いて技能を磨く、ここに機械工作の目的があり、その万力を設計図通りに仕上げることをめざします。

 この場合、実際に工作して万力を作ることにおいては実践的技術を学ぶことになりますが、どのような万力を作るかにおいては、工作者としての学生のアイデアが入り込む余地はほとんどありませんので、創造的な要素を入り込ませる余地はありません。

 実践的な技術や技能を習得できても、創造的なアイデアを盛り込むことができない、すなわち創造的な技術を学ぶことができない、これが第一段階における技術教育の特徴と限界ということができるでしょう。

 ところが、ロボコンの場合は、どうでしょうか。

 まず、競技ルールが予め決められていますので、それをクリアしなければなりません。

 その実現だけでも、そこに既存なものはなく、新たに考えないと設計ができないことになります。

 しかも、このアイデアは対決型、すなわち敵が必ずいますので、それに打ち勝たなければならなくなります。

 その敵が、どのような作戦でやって来るのか、それを想定しながら、それに打ち勝つ作戦を考え、その通りの実戦において勝利しなければ、勝ち残ることはできません。

 相手方も、その敵(自分たち)を負かそうと必死で挑んできますので、並みのアイデアでは勝利することはできません。

 ここでアイデアの競い合いが起こり、よくいわれているのが、1000通り、2000通りのアイデアを考え抜き、そのなかから最適の作戦を見出すことを可能にするチームが勝ち残っていくのです。

 しかし、自分たちにおいても思わぬアクシデントが起こり、それまでに予想していなかった相手の作戦に出会っても、それらを乗り越える実戦的対応に迫られる場合もあります。

 こうして最後まで勝ち残り、栄冠を勝ち取るには、さらに厳しい状況を乗り越えていく必要があります。

 それゆえに、ロボコンはおもしろく、多くの国民のみなさんに受け入れられ、深く愛されてきたのだと思います。

 おもしろいことに、このアイデア対決のロボコンにおいては、一つとして同じロボコンが登場することはありません。

 真に、それに取り組む高専生のアイデアが十人十色であり、百花繚乱のアイデアの披露がなされるところに、このコンテストの特徴があります。

 このアイデアを生み出し、敵と戦う過程において、高専生は、創造的な技術の何たるかを学ぶようになります。

 ここで注目すべきことは、その技術を高専において授業で教わる前に、そのほとんどを自学自習して習得していくことです。

 自分で調べ、友人たちと学習し合い、それでも不十分な場合には、直接教職員から学ぶこともあるでしょう。

 「わかる」とは、このような行動を伴う知的活動なのです。

 その意味で、ロボコンは、質の高い「技術的創造性」を真正面から競い合う「戦場」といってもよいでしょう。

 さて、このロボコンよりも、より難しい課題を、より長い時間をかけて取り組むのが、本科の卒業研究、専攻科の特別研究です。

 これらにおける実践的技術、創造的技術とは、いかなるものなのでしょうか?

 次回は、この問題に、より深く分け入ることにしましょう(つづく)。

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万華鏡(紫陽花)