昨日は、午後から「週に一度の作業日」がありました。

 作業内容は、例のポンプボックスの組み立てです。

 すでにコツコツと、先週から、この作業を継続して行ってきていましたので、その続きとして、下板に設置・固定されたポンプにボックスを被せる作業を行いました。

 これは、ポンプの吸水口と突出口の位置の微調整を行いながらボックスを被せる作業ですが、要領を得ると、すんなりボックスを填め込むことができます。

 その後は、ネジでそのボックスを固定します。

 そして、ポンプの突出口と吸水口にニップルを取り付けますが、困ったことに、そのニップルが見当たりません。

 たしか、かなりの在庫があり、専用のプラスチック容器に収められていたはずでした。

 ところが、その容器が見つからず、最後はみんなで探すことになりましたが、それでも見つからず、この探索にかなりの時間を要してしまいました。

 まことに、ふしぎなことが起こるもので、あれだけ総出で探しても見つからなかったので、最後は諦めて、そのニップル取り付け前までの作業を行なうしかありませんでした。

 この作業を、「ふしぎだなぁー、どうして見当たらなくなったのだろうか?」と思いながら黙々と行っていると、若い頃の思いが浮かんできました。

 私は、大学生の時に大学祭実行員会の委員長を務めたことがありました。

 この時に、人は「私の思い通り」には決して動いてくれない、という現実を思い知らされたことでした。

 「どうのようにしたら、人は動いてくれるのか?」

 これを懸命に考え続けました。

 そして、私が見出した方法は、何も言わずに、自ら率先して身体を動かすことでした。

 そしたら、どうでしょう。

 みんなが、私を手伝ってくれて「動いていく」ではありませんか。

 「そうか、組織の長は特別であり、その自覚で身体を動かすことが大切なのだ!」

と思いました。

 次に、T高専時代のことも頭を過りました。

 ここでもたくさんの単純作業がありました。

 時には、期限付きの作業を熟さなければならないこともあり、この単純作業に敢然と挑んできました。

 その折に、私は、尊敬し、敬愛した「K先生」のことをいつも思い浮かべていました。

 先生は、いつもお一人で研究をなさっていましたので、そのなかで膨大な単純作業を熟されていました。

 「なぜであろうか?先生は、平然とあんな膨大な作業をやってのけるのであろうか」

 こうして私の「K先生研究」が始まりました。

 とにかく、並みの大学の研究者と比較しますと、やることがまるで違っていました。

 また、先生は手紙の執筆においても達人であり、私が長時間を要して書いた手紙を読まれるとすぐに返事が寄せられました。

 こちらがムキになって返事を出すと、その返事が届くということになり、手紙の応酬戦が幾度となく繰り広げられました。

 そのなかで、私は、K先生の秘密を知ることになりましたが、その第1は、どんな単純作業であっても楽しんで取り組まれていることでした。

 おそらく、その作業を終えた暁のことを思い出されて、その喜びが頭の中に浮かんできて、その作業の苦労などが吹き飛んでいたのだと思います。

 そうなると、一人であっても膨大な作業量を熟すことができるようになります。

 いわゆる「塵も積もれば山となる」のごとくです。

 この極意を得てから、私は、どんな膨大な作業や延々と続く作業であっても、それを厭うことが無くなっていきました。

 手足を動かしながら考える、じっと観ながら考える、これを繰り返しているとふしぎによいアイデアが浮かんできて、さらに、その成就の暁の喜びが前もって解るようになってきていました。

 第2の特徴は、現場主義を徹底して貫かれていることでした。

 現場において、徹底して考え、行動を為されて、そこに人並外れた成果を見出されていく姿には大変な迫力と魅力がありました。

 「先生のすごいのは、この行動力にある。結局、何を行い、何を成し遂げるかに、人としての『すごさ』がある」

 いつのまにか、大学祭から始まり、K先生から学んだことが、私の行動においても定着していったのでしょうか。

 少々、あるいはかなりの単純な作業があっても、ほとんどタジログことはなくなっていました。

 また、これは単純作業に限ったことではなく、むずかしいことであっても、それにひるむことがなくなり、困難であればあるほど、その成功の暁の喜びを予想できるようになりました。

 1995年に、現在の光マイクロバブル技術を世に公表し、以来四半世紀近く、その発展に尽力してきました。

 この技術が、わが国発のオリジナル技術であること、さらには、それが企業や大学で生まれたのではなく、実践的技術教育を行なう「高専」で誕生したこと、ここに光マイクロバブル技術の小さくない特質があります。

 振り返れば、ここには、膨大な単純作業と長時間の観察という現場の経験がありました。

 今となっては、これこそ大変な財産であり、これからも、国内外において新たな技術的発進が可能になるわけで、ここに注目すべき展望があるのです。

 昨日の「週に一度の作業」は、そのことを鮮やかに蘇らせてくれた貴重なものでした。

 また、来週が楽しみです(つづく)。

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ラベンダー