周知のように、高専においては、創立以来変わらぬ教育目標として「実践的技術者の養成」が掲げられてきました。

 しかし、この実践的技術者の養成論が系統的に深く研究されたことはなく、したがって、その内容をめぐっては、1)実験実習をたくさん行う教育、2)即戦力になる教育などの主張が個々に説明されるという状況が生まれていました。

 この継続のなかで、1991年に専攻科が初めて設置されました。

 最初は3校のみでしたが、その後年度を追って増え続け、今では全高専において専攻科が整備されることになりました。

 この設置において、専攻科で行う教育目標が問題になりました。

 高専本科5年の教育を踏まえて、それを発展させ、本科との違いを見せる必要が求められたことから、そこで提案されたのが、「創造的技術者の養成」という目標でした。

 これには、ほとんど異論はなく、以下の二段構えの教育がなされることになりました。

 高専本科  実践的技術者の養成

 高専専攻科 創造的技術者の養成

 しかし、この段階においても、その創造的技術者とは何かを明らかする究明が弱く、ここでは、次のような状況に留まることになりました。

 ①専攻科においては、専攻生が研究を行うので、そのことによって創造性が生まれることを重視する。

 この研究を行なうことで創造性を養える。

 ②実践的技術者の養成と創造的技術者養成という文字上の違いは解るが、その実態において何が違うのかが解らない。

 たしかに、その通りで、それらが明確にならないままに、専攻科教育が進められていきました。

 ところが、その経過に伴い、とても奇妙なことが起こりました。

 それは、ほとんど何も議論がなされないまま(全高専における歴史的な意味での変更になりますので大いに議論がなされるべきでしたが)、本科の教育目標までもが、「実践的技術者教育」から「創造的技術者教育」へと、いつのまにか変更させられていたのです。

 おりしも、高専においてもJABEE認定の審査が盛んに行われていましたので、この統一的な教育目標から、個別高専における教育目標の議論が盛んになったために、その変更が大きく問題にされることはありませんでした。

 ここに理論的弱さの反映が見て取れますが、その事態は、次のように進むことになりました。

 ①実践的技術者論の究明がますます曖昧になり、その意味を本格的に深く究明する指向がほとんどなくなってしまった。

 ②高専本科と専攻科の両方において、創造的技術者の養成を高専の目標にしたために、両者の教育の特徴や違いがより不明確になった。

 ③この創造的技術者論は、高専関係者のみならず外部においても解りにくく、容易に外部の理解をえることができなかった。

 とくに、高専に理解を示されていた大学教員からは、次の見解が示されましたが、それに対して高専側からは、きちんとした回答ができないという事態が生まれることになりました。

 その大学教員の主張は、次のようなものでした。

 「もともと、大学は研究を行う機関であり、その研究を行う際には、創造性が必要になることから、これは当たり前のことなので、それを教育目標にすることはできない。

 しかし、それを高専において、あえて教育目標に謳うのはなぜなのか、その理由を教えていただきたい」

 これは、少人数の方々がいっていたことではなく、かなりの大学の先生方が同じような疑問を持っておられました。

 これに対して、高専側は、有効な回答を示すことができたでしょうか。

 また、それに応えようとして、何らかの総合的な研究グループを結成できたでしょうか。

 ここで何もできなかったことは、高専にとって小さくないチャンスを逃したことになります。

 そして、そのことが、未だに尾を引いているのではないでしょうか。

 これらの結果に関して、それは、高専側の教育論、すなわち、実践的技術者論、創造的技術者論の貧困さが産み出したものであり、その教育そのものが誤りだったのではないのではないか、と考えています。

 なぜなら、高専や高専専攻科においては、ロボコンをはじめとして、すばらしい実践を行っている実績が存在しているからであり、それらが周囲のみんさんによって認められているのではないでしょうか。

 この推察が正しいとしますと、何よりも重要なことは、次のような切り込みを大胆に行うことではないかと思われます。

 「実践的技術者論と創造的技術者論の中身をより深く究明し、その理論的構造と特徴を明らかにする必要がある。

 しかも、それは、かつての1980年代の繁栄は見る影も無くなり、衰退の一途を辿っている製造業の再生を担う技術者としての養成に関係する命題となるべきである」

 T高専を退職して丸6年が経過、この間、この命題を考究し続けてきました。

 そして、これを解明する鍵は、「技術開発とは何か」を考察するなかに潜んでいるのではないか、と思えるようになりました。

 ようやく、ここに至ることができました。

 次回は、その考究に分け入ることにしましょう(つづく)。

sirann
シラン