連日の申請書づくりをほぼ終えて、今日は朝からゆっくり過ごして溜まった疲労の回復に努めています。

 先ほどは、緑砦館に入り、セロリの収穫と液肥づくりの作業を行い、一息ついたところです。

 この申請書づくりには期限があり、それに間に合わせる必要があり、いつもよりは早く準備に取り掛かったせいもあり、結果的には数日間の余裕を持って、その作業を済ますことができました。

 昨日の記事において触れたように、この作業で活躍したのが、今回の申請の核となった装置であり、この試験装置を手作りで造り、その試験を行うなかで、その性能を逐一注意深く試しながら文章作りを行なうという、かつてない方法で書き進めました。

 かなり根を詰めた文書作りになりますので、これを行っていくうちに、体調は低下、そのうち問題が発生する、といういつものパターンに陥り始めました。

 私の場合、糖尿病からくる足の冷えや軽いしびれが小さくない問題であり、体力が低下していくと、ここに変調をきたし、より足が冷え、よりしびれるようになります。

 その悪化とともに、嫌な違和感がより強く出てきて、困ってしまいます。

 それでも、文書作りを進めないと期限に間に合わなくなりますので、しかも、それが採択されるように配慮しながら、かなり高水準の考察と文書化が要求されることになります。

 いわば、この作業は、私の「足の冷えと痺れの悪化」との闘いであり、今回は、「これらが、どうなるか」を楽しみに取り組み始めたのでした。

 しかし、私の足は、それごときで、すぐに改善されるわけではなく、当然のことながら一進一退を繰り返す状態になっていきました。

 冷えや痺れがより改善されたかどうかは、その試験装置に足を入れた際と、そこから足を取り出した後の2つにおいて確かめられました。

 その際、光マイクロバブル入浴のみの結果との比較もなされました。

 じつは、この後者における入浴のみの場合においては、その効果はせいぜい1日程度であり、これを延ばすことができるかどうか、すなわち、足の冷えを数日にわたって確保できるかどうか、これが最初の重要な問題でした。

 もう一つは、その試験の最中に感じることができる「ここちよさ」でした。

 これも、光マイクロバブル入浴他において、よく知覚してきた認識ですので、これがどの程度になるのか、すなわち、入浴時のそれよりも強く出てくるのか、それとも、そうではないのか、これが重要な見分けを行なうポイントでした。

 3つ目は、体調というものは常に変化を遂げていくものであり、今回の場合は、根を詰めて、そして頭を酷使して文書作りを行なうという精神的労働が主ですから、それを進めるうちに体長は悪い方に追いやられていきます。

 この悪化にともなって、その新装置の作用効果が、それに逆らって、よい方向に働くのかどうか、これが深く問われることになりました。

 その被験者は、古希を迎えた高齢者の私、この冷えと軽い痺れが出てきたのは約5年前からであり、そう簡単には改善できるような問題ではないと思っていました。

 こうして、私にとっての「真剣勝負」が始まりました。

 まだ文書化の初期において、その柱づくりを行なうために、ます、本研究開発における課題を検討しました。

 この時は、そんなに体調は悪化しておらず、意気軒昂で、それを示し、熱い議論を交わすことになりました。

 「この課題だけでは、この申請の意味がよく解らない。何をどのような目的で行うのか。それをもっと具体的に示してほしい」

 当然のことながら、このような意見が出され、急いで、その具体的内容を考え、再度の議論に臨みました。

 この議論と並行させて、予備試験装置を用いての私の、いわば「人体実験」がなされ、ここで私は、次のような想いを強めていきました。

 「この体験的結果は、真にすばらしい。
 
 長い間、同じような試験をしてきたが、今回のようにすばらしい結果は初めてのことだ。

 これをもっと改善していけば、きっとすばらしい装置になり、みんさんに喜んで受け入れられる商品になる可能性をもっているのではないか!」

 当然のことながら、この思いを、その白熱議論のなかで自然に吐露することができました。

 それは、次のような「やり取り」でした。

 「その申請が上手くいくという根拠は、どこにあるのですか?」

 「それは、言葉でいろいろと表わせるものではなく、いや、それを言葉で説明するよりも、この『実感』そのものといってよいでしょう。

 『これなら、世に問える、そして、、みなさんに喜んで受容される』のではないか」
 
 この新たな、そして味わったことがない「実感と確信」が、その申請を最終決断するのに非常に重要な役割を果たすことになりました(つづく)。

sani-retasu
サンチュの花