一昨日の朝、地元における公的機関のトップクラスの方々が訪問されました。

 先日のコンテストの入賞を受けて、その報告を兼ねて挨拶に行きたいという申し入れを行ったところ、逆に先方から訪問したいという返事がありました。

 せっかく来られるのだから、こちらも丁寧に対応しようと、その前日の深夜まで、そして当日の早朝までかかって二枚のスライドづくりを行いました。

 おかげで、この二枚を用いて的確な説明ができました。

 これらは、地域の再生において中軸をなす農業の活性化に関することであり、これを契機に、それが好転サイクルに向かうとよいですね。

 さて本日は、「教え子さん」からいただいたコメント(青字)の第二パラグラフについて考察することにしましょう。

 「①小生におきましては、特に今年2019年から2025年にかけての6~7年が勝負と考えています。

 ②このことは、1964年に開催された東京オリンピックからその後開催された大阪万博開の時代に真にもって瓜二つであるからです。いかがでしょうか? (①、②は筆者挿入)」

 この文節は、①と②に分かれています。

 ①については、かれの勝負に関する時代認識が示されています。

 また②においては、前回の東京オリンピックから大阪万博までの状況が、これからの6、7年によく似ているとのことですが、この推察の内容がよく解りませんので、これについての言及は控えることにします。

 そこで、①については、私も同じような「思い」を有していますので、この一致を踏まえて考察することにしましょう。

 その第1は、私たちをめぐる社会的情勢の問題であり、その特徴を箇条書きにして示します。

   (1) 現在、世界は、産業革命以来の激変期を迎えようとしています。

 この認識は、識見のある歴史家や経済学者によってもよく示されるようになりました。
 
 もっとも重要なことは、経済の構造的変化にあり、その一つがアメリカ政府の経済政策です。

 同国の政府と財界は、ウォール街勢力と一体化して金融帝国としての支配構造を強めてきました。

 その結果、アメリカは膨大な赤字をたれ流しつづけ、自国の産業をより一層弱体化させていきました。

 新たな大統領は、この弱体勢力の支持を得て当選し、「自国ファースト」を声高に叫ぶようになりました。

 その中核が、「金利高、ドル安」政策にあると、ある著名な経済アナリストが強調されていました。

 米国債の金利は、前大統領の際と比較して約20倍にもなり、同時に、そのドル安が急速に進行しています。

 どこかの宰相は、この国に従属して、ひたすら貢ぐのみでしたが、それがほとんど不可能になりました。

 それは、上記の「金利高、ドル安」政策が、真っ向から、その従属政策とは対立するからです。

 これによって、庶民はますます苦しめられ、国内の産業は、さらに奈落に追いやられるでしょう。

 (2)上記の歴史的大転換の流れに、わが国の産業政策が適切に対応できているのだろうかと疑念を抱いていることです。

 周知のように、原発の輸出の目論見はすべて頓挫し、その見通しの無さのみが露呈することになりました。

 上記の従属のなかで、特定の自動車会社のみが生き延びることが優先され、徹底されていきました。

 これによって、日本経済を牽引するエンジンは、わずかに一つになり、結果的に、それがモノクロの味気ない姿に変貌していきました。

 国の豊かさとは、彩があって多くの人々に富みをもたらすものであるはずです。

 ある著名な経済学者が、強く指摘していました。

 かつては、わが国が未来に向かって発展させる科学技術政策が、5年、あるいは10年ごとに提示され、そのなかで科学技術立国が形成されてきました。

 これは、至極当然なことであり、国づくりには、このようなビジョンが必須です。

 欧米において注目すべき発展を遂げている国では、20年、30年先の産業政策プランをしっかりと立案し、それを実現することで国を発展させています。

 ところが、どうでしょうか。

 わが国では、その科学技術政策を立案する部署や担当者もいなくなっているそうで、上記の経済学者は嘆いておられました。

 この核となるべきビジョンが消失している昨今、かつては考えられないような大企業の過誤や不振が相次いで報道されるまでになりました。

 これは、ある意味で、ますます日本経済を牽引するエンジンがなくなり、先細っていることを示しているのではないでしょうか。

 基本戦略の欠如が、個々の戦術まで跛行させているのだと思います。

 一方で、置いてきぼりにされている地方は、どうなっているのでしょうか。

 次回は、この問題に分け入ることにしましょう(つづく)。

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