昨日は、北九州高専で開催された日本高専学会第28回年会に参加しました。

 この学会への参加は第2回からですので、すでに四半世紀以上の長い時間が過ぎたことになります。

 私としては2年ぶり、今年の2月には、本学会会長の赤対先生が、大成研究所の「連続対談」に来てくださったこともあり、その返礼も兼ねて参加することにしました。

 高専を定年退官して6年が経過しました。

 この間、世の中はますます激動する時代を迎え、ある歴史家によれば、「産業革命以来の大変革の時代が始まる」といわれるようになりました。

 このような情勢の下で、

 「高専も、これから、その激動の影響を大きく受けるであろう」

このような問題意識を抱いて、次の2つの講演の準備をしてきました。
 
 ①製造業の再生を担う人々の課題と役割

 ②今世紀における「小さくない」地盤産業づくり

 数日前から、この2つのレジメ原稿を元に講演用のスライドづくりを開始しました。

 学会のプログラムを拝見すると、どうやら①、②の順で並んでいましたので、そのスライドづくりも、これに添って行うことにしました。

 やや大きなテーマであり、これを高専教育の現場の問題に結び付けていく論理を組み立てるという流れですから、そう簡単には探究できないことであり、いくつかの工夫が必要でした。

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講演題目

 最初は、これまでの日本の製造業が、どのような情勢下にありるかの大方を理解していただくことを重点的に訴えることにしました。

 すでに述べてきたように、日本の製造業は、1990年台と比較すると、そのGDPは約45兆円も減少し、2011年以降は80兆円前後で推移していて、それを再生させて、増加に向かうことができなくなっている。

 なかでも、製造業の分野において断トツの1位を占めていた「電気機械」の落ち込みは大きく、ピークの1990年台と比較すると、今や、それは半分の11兆円程度にまで減少している。

 また、自動車を含む「輸送機械」、「一般機械」分野においてもかなりの減少を示し、誇らしげに「製造業は永遠なり」と語られていたことは、昔の出来事となってしまったかのようです。

 ある経済アナリストが、日本経済のバブル崩壊以後は、「何をやってもダメ、成功しない」といい、ある歴史学者は、そのバブル崩壊前を「奇跡の30年」と呼ぶようになりました。

 これでは、「失われた10年」どころか、それが「20年」になり、そして「30年」になってしまったのも無理からぬことといえます。
 
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講演スライド(「失われた10年」は?)
 
 さらに、わが国の中小企業を支援してきた著名な経済学者は、中国の電気自動車が国外に輸出されるようになると、日本の国内自動車産業は、大きな影響を受けるようになると、警告されています。

 かれによれば、中国では女性が4人で電気自動車を組み立てているようで、約2万点に及ぶわが国のガソリン車とは大きな格差が生まれ、その販売に関する劣勢をが指摘されていました。 

 そもそも、わが国には、国内に輸入した分を何で稼ぎ輸出するのか、という産業政策がなく、また、それをかつて立案していた経済産業省の部署もなくなっているとのことで、相当に深刻な事態であることが指摘されています。

 当然のことながら、かつての製造業をどう再生させるのか、そして、その再生によって、「お金」を外国からどう稼ぐのか、それがまったく見えてこないというのですから、日本は「ハイテクの国」から「ローテクの国」になったといわれてもふしぎではありません。

 そして、少し前まで、「グローバリゼイションの時代がやってきた」と声高にいってきたみなさんが、一斉に声を潜め始めたのは、どうしたのでしょうか。

 結局は、その顛末は、日本国内の空洞化によって産業を衰退させ、かつてあった産業政策の立案もできないようにさせ、そして、その被害を大きく受けた地方は、ますますの衰退を進行させただけのことだったのではないでしょうか?

 「製造業の再生」とは、このような問題の解決を含む者であり、その課題を担う人々は、この日本の置かれた状況を正しく理解し、それにどう立ち向かうのか、そのために、どのような教育が必要なのか、それらを深く探究していくことが必要になります

 このように述べて、これから高専生が生きていく時代の困難について」より深く検討することにしましょう(つづく)。

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フーセンカズラ(大成研究所前庭)