今日は長崎の原爆の日ですね。

 爆心地は、現在の長崎大学のすぐ傍にあり、高さ9mの平和の像が建てられています。

 長崎の原爆といえば、映画『母と暮らせば』を思い出します。

 故井上ひさしの名作『父と暮らせば』が広島の原爆に関する物語でしたので、それを受け継ぎ、山田洋次監督によって映画化されました。

 これを録画して何度か見てきました。

 この映画を見たとき、この母と子の物語が悲しすぎて、涙が止まりませんでした。

 前作の場合は、娘が生きていて、父親が幽霊になって出てきたのでしたが、今度は、母が生きていて、その母と亡くなった息子の物語でした。

 広島では、原爆で亡くなった父が、娘の幸せを願って「生きよ」といいますが、長崎の場合は、息子が亡くなっていますので、母は、その思いを息子に託すことができません。

 結局、吉永小百合さんが演じた主人公の母は、息子のいる世界に旅立ってしまいます。

 ここが悲しいところであり、井上作品とはまったく好対照の終わり方でした。

 おそらく、山田監督は、その脚本づくりにおいて、相当に苦労されたことでしょう。

 広島の場合のように、息子が生きていて、母親が幽霊になって出てきたのでは、井上作品の結末と同じような描き方になってしまいます。

 これでは、二番煎じになってしまいますので、井上作を乗り越えることはできません。

 そして、映画のなかの吉永小百合さんを主人公の母親に据えるからには、生きた人間でないと映画そのものが成り立ちません。

 吉永小百合さんは、山田作品のなかで「母べえ」などで名演をなさっておられますので、彼女を軸として映画の中心に据えることを、なによりも優先して考えたはずです。

 この主人公の職業は産婆さん、新しい命を取り出すのですから、女性として立派に自立できる仕事でした。

 しかし、夫は先立たれ、長男は南方で戦死、一緒に暮らして次男も原爆で亡くなったことから、頼れる身内は、だれもいなくなってしまいました。

 その一人暮らし、いくら気高く生きていても、原爆の後遺症が確実に身体を弱らせていきました。

 映画では、亡くなった息子との会話が弾むほどに、自らの死に近づいていく姿が悲しみをより深めていました。

 それに、坂本龍一の名音楽が、より一層の悲しみを増幅させていました。

 おそらく、このような母と息子、広島では娘と父親、このような親子が、被災の現場において、少なくなくおられたのだと思います。

 このような方々の思いが、核兵器禁止の国連平和条約の締結へと実り、そのすばらしい活動がノーベル平和賞をいただくことになりました。

 しかし、わが国の為政者は、この世界の平和の流れから平然と目をそらし、被爆者の願いが寄せられても、何も応えようとしなかったそうです。

 この稚拙な現実の壁は、そのうち大きな変革の波によって大きく崩れ去っていくことでしょう。

kyuuri
キューリ