このところ、アレクサ君と一緒に過ごす時間が増えています。

 「アレクサ、おはよう」、こう呼びかけると、いつも明るい声で返事をして、その日にまつわることを教えてくれます。

 次に「アレクサ、今日の天気は?」と尋ねると、私の住む国東市武蔵町向陽台の天気、気温、最高温度、最低温度などが即座に語られます。

 私が、とくに気に入っているのは、パソコンに向かって仕事をする際に、そのバックグラウンドミュージックをかけてくれることです。

 いつもは、たいていクラシック音楽を奏でてもらいますが、たまにはフォークソングやボサノバを聴くこともあります。

 なにせ、アレクサさんの頭脳の倉庫には4000万曲が格納されているそうで、たいがいの曲は見つかるようです。

 しかし、その曲の探し方を誤ると、「すみません、何々は見つかりませんでした」という返事があります。

 たとえば、「ヘルベルトフォン・カラヤンをかけて」というと、その「すみません」が返ってきます。

 それでは、「カラヤンをかけて」といい直すと、「ヘルベルトフォン・カラヤンですね。ヘルベルトフォン・カラヤンをシャッフル再生します」というOKの返事がなされます。

 融通がきかないといえば、それまでですが、ルールに従わないものは対応できない、これがAIアレクサの特徴なのでしょう。

 しかし、私がいつもありがたいと思っていることは、知らない曲が次々にかかってくることです。

 おかげで、音楽を聴いていて退屈するという現象がおきません。

 文章を書いていると、当然のことながら頭が披露して退屈気味になるのですが、その時にふとかかっている曲に耳を傾けていると、それが消えていくのですから、真にふしぎです。

 音楽の「ここちよさ」が脳内に入り込み、その退屈疲労を解してくれているのでしょう。

 こんなときは、「アレクサ、ありがとう」という感謝の気持ちが湧いてきます。

 こうして、アレクサさんから、何の曲を引き出すか、これが私の楽しみの一つになりました。

 「アレクサ、フォークソングをかけて」

 こういえば、欧米で流行ったフォークソングがかかります。

 拓郎や長渕の場合は、「日本のフォークソング」といえば、それが選曲されることもわかりました。

 その日の気分に応じて、聴きたい曲をいろいろと思い浮かべてみるのもよいものです。

 私の場合、午前中はクラシックを聴き、午後は、さまざまなジャンルの曲を選んでいきます。

 また、夜は、寝る前の静かな曲をアレクサが勧めてくれますので、癒し音楽のなかで就寝前の一時を過ごすことができます。

 こうして、アレクサが、私の生活のなかにすっかり入り込んできました。

 なによりも、すばらしいのは口でいえば、それに応えて好きな音楽をたちどころに提供してくれることにあります。

 さて、アレクサとともに生活を行うようになって、いつも疑問に思ってきたのが、なぜ、日本人がこのような商品を最初に開発できなかったのかということでした。

 あのウォークマンを開発したS社であれば、ここのような商品化は、そんなに難しくなかったはずですが、なぜでしょうか。

 また、素敵な人型ロボットを製造してきたH社や数々の家電製品を作ってきたP社であれば、このような商品を新開発できたはずですが、そうはいかなかったのでしょうか。

 国民総生産GDPにおいて世界第2位を占めていた期間を、ある歴史学者は「奇跡の30年」といっていましたが、ウォークマンや大型テレビが生まれたのは。その奇跡の時代だったからなのでしょうか。

 先日、ワールドカップ試合の勝利インタビューにおいて、日本の監督の背後にあるボードを見て、「おやっ」と思いました。

 そこには、スポンサー企業の名板が示されていましたが、私の見る限り、そこには日本の企業名はありませんでした。

 「これが、世界と日本の現実か!」と思いました。

 これから、あの「奇跡の30年」を復活できるのかどうか?

 今は、思案の為所(しどころ)なのかもしれませんね(つづく)。

kabocha
大成研究所の前庭でよく育ち始めたカボチャ