午後からは、緑砦館(GFH3)内が温かくなり、その気温が上昇するなかで作業を行い、一枚、そしてまた一枚と衣服を脱いでいきました。

 最後は、シャツ1枚になり、それでも汗をかいたので、着替えることになりました。

 作業は、まず孔開けから、その孔数の合計は1000個近くありましたので、どうなることやらと思いっていましたが、意外と簡単に進行していきました。

 それは、

 1)孔開けが容易な材質の板であったこと、

 2)細く長い板を重ねての孔開けが可能になったこと


にありました。

 孔開けのパターンは3種類、それぞれの型板を作成し、それによって定められた孔の位置の中心を上板に書き込み、4~6枚を一組にして孔開けを行いました。

 当初は、ボール盤に挟み込んで固定してから孔開けを行おうかと思っていましたが、ハンドドリルでも簡単に孔が開きましたので、水路の傍で一気に、この孔開けを済ませました。

ーーー 毎日、ここで作業をしていると、冬から春へ、そして春から冬へと目まぐるしく季節が変化していくなかにいる
ようであり、これは心身にとって、とても良いことではないであろうか? 

 この孔開けが済み、Aレーンの水路づくりの山場を越えることになりました。

 ここでほっと一息、この日は、後片付けをしないままで終わり、しばし、カプチーノをいただきながら休憩をしました。

 今回の栽培装置づくりに際しては、これまでの経験に照らして材料の選定を工夫したことで、組み立て作業が随分と簡単で楽になりました。

 また、その材料も安価でよいものを徹底して選ぶことにしていますので、これも重要なことでした。
 
 お金があれば、既製品を購入することで済みますが、それでは少しもおもしろみがありませんので、このような試験プラントを開発する意味がありません。

 最高水準の光マイクロバブル技術を駆使した装置を安価で手作りすることが、後々に重要な意味を有するようになりますので、その苦労こそが大切なのです。

 幸いにして、私は、若い時から、ほとんどの実験装置を自分で設計し、可能なところは手作りという方式でやってきましたので、そのために、自分の手足を動かすことを厭ったことがありません。

 今回は、緑砦館の南棟、北棟、そしてハウスを建築する際に、その資材の余りのほとんどを残していただきました。

 通常では廃材として捨てられるものを、すべて残して保管していましたので、これらが、緑砦館の装置作りに非常に役立っています。

 たとえば、今回の水路づくりにおいては、そこに水を溜めた場合に水路が圧力を受けて膨らんでしまいますが、それを防ぐために、その水路の間に断熱板を細長く切って入れました。

 そのおかげで、水圧を受けても水路が歪まないようになり、しっかりと固定できるようになりました(前回においては、この水路の膨らみや歪の矯正に大変苦労しました)。

 知恵は、使えば使うほどよく出るようになるものですから、常に、これが出てくるように訓練していると、いざという時に大変便利であり、大いに役立つことになります。

 手作り作業のおもしろさは、この知恵の泉が湧いていることにあり、手足を動かしていると、その泉が滾々と湧いてくるのです。

 因みに、この近くの酒屋に「知恵泉」という日本酒があるようで、先日それをいただきましたので、これを飲むと知恵が泉のように湧いてくるのかと思って少し飲んでみましたが、これは飲んで良い気分になるだけでした。

 こうして、昼からは約半日、緑砦館において手足を動かしての作業をしていると夕食も美味しくいただくことができます。

 その前菜は、いつも手作りの光マイクロバブル野菜です。

 この栽培を長い間行っていると、野菜が、最高水準に近い食べごろの味になってきたことがよく解るようになります。

 そこで、なかには野菜が成長しすぎてはみ出しているものがありますので、その間引きをしながら、試験用の野菜を収穫していきます。

 今日はセロリ、昨日はレタス、明日はシュンギクと水菜、といった具合に、それぞれの野菜を収穫しては、その味を確かめていくのです。

ーーー これはまだ駄目、農薬が抜け切れていなくてまずい、もう少し日数が必要だ。これは最高水準の味に近づいた。申し分ない。

 こうして味、色、長さ、色つやなどを鋭く確かめていきます。

 じつは、この5感を用いた味評価力を鍛錬していくことが重要であり、これによって最高水準の野菜が栽培できたかどうかの評価ができるようになるのです。

 いくらレベルの高い野菜を作っても、この5感による味評価の鍛錬がなされていない方にとっては、どれも同じ味の野菜になってしまいます。

 とくに、農薬まみれの野菜がまずい、おいしくないという味覚力は、無農薬野菜のおいしさ、瑞々しさ、香りなどが解らないと出てこないものではないかといえます。

 いつも「おいしい野菜を食べたい」と思っている方は、そのおいしさを研ぎ澄ましていることから、そのおいしい野菜に出会ったときに、そう評価できるのです。

 逆に、農薬野菜を毎日いただいている方は、そのまずさを認識できず、無農薬野菜の本当のおいしさも理解することができないといってもよいでしょう。

 この違いは、小さくないのではないでしょうか(つづく)。

shunngiku0208
                光マイクロバブル育ちのシュンギク