緑砦館(GFH)は、まるで春のようにぽかぽか陽気であり、自然とここに引き寄せられています。

 なぜなら、そのぽかぽか陽気がここちよく、身体がそれを欲するようになったからでした。

 そのここちよさには、ぽかぽか陽気だけでなく、緑とのふれあい感、同居感も含まれています。

 緑に触れ、その成長に驚き、そして、その収穫を喜び、それを食して感謝する、この一連の相互作用には、浅薄とはいえない「おもしろさ」と淡白とは思えない「ゆかいさ」があるように思われます。

 土が荒れ、農薬が氾濫し、農作物の作り手が減少している世の中になってしまって、すぐその先には、自分で野菜を育て自分で食べる時代が来ようとしています。

 宮沢賢治の「雨にも負けず」の一説にあるように、

 「一日に、玄米が4合、味噌と少しの野菜があればいい」

とうたわれたことの重要性が見直されようとしています。

 この「少しの野菜」は、スパーマーケットで買う野菜ではなく、前の畑で自分で育てた、あるいは近所からいただいた野菜だったのではないでしょうか。

 これに習い、私も自分で野菜を作り、一日、少しの野菜をいただきながら、賢治の「心境」を理解しようと思うようになりました。

 さて、昨夜は、私が育てている野菜において、またひとつ学習したことがありました。

 それは、中庭の南ゾーンの「GFH2」で育っていた野菜のことでした。

 レタス類(グリーンレタス、サニーレタスなど)が育ってきて、そろそろ収穫時期かなと思って、その試食を行いました。

 見かけはよくても、それを食べてみればよく解ります。

 「これはまずい、食べられたものではない!」

 口のなかに入れて噛むほどに嫌味を覚えてしまい、そのまま食べ続けることはできませんでした。

 これらの野菜は、先月の下旬に苗の段階から入植したものでした。

 この苗が育てられる段階で、2、3種類の農薬が使用されています(苗によっては、その使用が表示されているものもあります)。

 この農薬使用によって、その味が左右されたのではないかと思っていて、これが完全に抜けないと、本物の野菜になることはできません。

 「まだ、しばらくはかかりそうだ。この嫌味が抜けるまで待つしかないようだ!」

 このように、光マイクロバブル野菜に至るまでには、いくつかのハードルが存在していて、この嫌味抜きも、その大切な過程の一つといえます。

 何事も、すばらしいものは、簡単にはできない、それにふさわしいプロセスと工夫が必要であるように思われますが、このようなことは、実際にやってみないと解らないことですね。

 これも、緑砦館物語の一つであり、難関を乗り越えることで「すばらしいもの」を得ることができるようですね。

 それゆえに、この物語はおもしろく、奥が深いように思われます。

 今日は、これらの野菜に液肥を十分に供給することにしましょう(つづく)。

sani-retasu
サニーレタス