師走に入り、初冬の彩になってきました。

 今朝は雲一つない快晴、陽ざしも温かくて絶好の写真撮影日和になりましたので、カメラを片手に家の周辺の散策を楽しみました。

 おかげで、きれいな景色や草花を撮影できましたので、追々みなさまにも紹介していくことにしますが、まずは、その1枚を文末に示しておきましょう。

 私の裏庭からは小城山がいつも見えます。

 ここには小城神社があり、ここで1300年前において若き修行僧、すなわちスパーエリートたちが学問をし、研鑽と修行を重ねていました。

 なぜ、ここに修行僧たちが集まり、栄えたのか。

 これには、「天と地の利」がありました。

 ここでの修行僧の多くは、ここから車で1時間のところにある宇佐神宮の影響下にありました。

 国東半島にある寺院のほとんどが、その影響を受けた関係寺として建立されています。

 若い僧たちは、その寺院を拠点にして修行と生活をしていました。

 ここで宇佐と国東を比較しますと、宇佐神宮の周辺は広大な平野であり、海までは遠く、そして反対に山に向かっても、かなりの距離があります。

 これに対し国東は、すぐに歩いていける距離に海があり、簡単に海の幸を手に入れることができます。

 また、修行を行う山もすぐ近くにあり、その山も低く、それが国東半島の中央にある両子寺を中心にして、いくつものなだらかな小山群が並んでいます。

 寺院で学問を研鑽し、山に修行に出かけ、生活のために農業や漁業を行うことで食料を確保することができたために、全国から若い僧のエリートたちが集まって修行生活ができたのだと思います。

 やがて、この繁栄は仏教文化として地域に根ざすようになり、花開くようになりました。

 これらの歴史的繁栄は、今の世に重要な教訓を残しています。

 それは、現在、すなわち21世紀にふさわしい「学問の府」を自前で創造し、同時に、その若者たちが修行できる「道場」を開き、「知を力」にできるようにすることです。

 これが可能になれば、やがて修行を終えた若者たちが、布教(情報発信)を始めて全国各地で活躍するようになります。

 今風にいえば、地域における実践によって賢くなった若者たちが業を起こし、その成果を携えて国東発の情報を発信し、全国へと拡散できるようになります。

 メディアにおいては、「AI」、「IoT」などが氾濫し始め、それらが、日本経済を牽引する次の「エンジン」になるかのような「流布」がなされ始めようとしていますが、そこには小さくない「落とし穴」が隠されているように思われます。

 その落とし穴とは何でしょうか?

 周知のように、現在は「インターネット経済」の時代といわれています。

 この経済の出現によって、世の中は大きく変貌し続けています。

 この経済の到来において、盛んにいわれたことが「創造的破壊」でした。

 古いものを壊して新しいものを創る、一見して当たり前のように思われますが、ここには、その創造的破壊を「した者」と「された者」が存在しています。

  ある経済学者は、その前者がアメリカであり、その後者の一つが日本であったといい、今度は、創造的破壊をする側に日本がなるとよい、というおかしな見解を述べていました。

 しかし、そのような役割の転換は可能でしょうか?

 今の趨勢を踏まえれば、さらに「破壊される側」に瀕することはより明らかになってきています。

 いわば「海外のAI知」ではなく、むしろ、その依存体質を根本的に改め、自前でしっかり立つことができる本物の技術を生み出す必要があります。

 そのヒントは、東京など大都市のなかにあるのではなく、地域のなかに潜んでいるのではないでしょうか。

 その理由は、地方にこそ克服すべき困難が山積しており、それに真正面から立ち向かう実践のなかに、その解決の糸口を見出す可能性があることにあります。

 「学問貧素な地」を「豊かでおもしろい学問の地」へ

 「無気力なだらだらの地」を「修行が溢れる地」へ

 「何も布教できない地」を「独創的な情報発信できる地」へ

 及ばずながら、それに少しでも役立つことができれば幸いと念じ、緑砦館(大成研究所)を建立しました。

 そのために、ここでの物語をますます、おもしろくして、そして、地域の人々とってもゆかいにしていく必要がありますね。

 ご関心の若者のみなさん、緑砦館の門戸を叩いてみてください(つづく)。

緑砦館20171202
       緑砦館(大成研究所)と紅葉が目立つようになった後ろの小城山