今日、地域に根ざした「小規模ではない地場産業づくり」がますます重要になっています。この中核をなすべき拠点のひとつが「高専」であり、この課題は、これまでにも「地域に根ざした高専づくり」として探究されてきました。

 これを、今日的意味において再考察してみよう、これが本論の主要な動機のひとつです。

 この考究には、まず、日本経済がどのようになっているのか、それを踏まえて、高専の在り方を考察し、その未来図を描いてみようと思いました。

 その手助けとして、名著『空洞化と属国化』坂本雅子著他数冊を参考にすることにしました。

 高専の50年余を振り返りますと、高専全体の変化は、その内部から発生するのではなく、外部からの「声」や「指摘」によって起こることに大きな特徴があります。

 これは、高専における民主主義が未発展であることと深く関係していますが、良心的な高専関係者であれば、すぐに気づくことでもあります。

 「この外敵依存性が顕著な高専の未来を、どう考えたらよいのか?」

 この課題を探究する最初のステップとして、まずは、ここ数十年間の日本経済の動向を調べてみましょう。

 経済全体の様子は、国民総生産(GDP)によって概観できます。

 1990年末の日本のGDPは、次の通りでした。

  米国のGDP52

  中国の7

  ドイツの2

 しかし、2015年末においては、

  米国のGDP23

  中国の0.37

  ドイツの0.82

となり、この約20年間で、「日本の一人負け」という急激な、そして大変深刻な変化が起こっています。

 しかも、この深刻な「一人負け」の原因は、製造業におけるGDPの減少に起因していることが指摘されています。

 この製造業のなかでも、「電気機械」分野におけるGDPの減少は顕著であり、1990年代の20兆円が、2000年代になって、その半分近くにまで落ち込んでいます。

 そして、今や「電気機械」は、この落ち込みによって、1983年以来の首位を「食料品」に明け渡すことになりました。

 おそらく、この傾向はますます顕著になっていくと推測されますので、これをどう考え、どう分析し、それが、高専と高専教育にどう影響していくのか、ここをしっかりと究明していく必要があります。

 周知のように、高専は日本の高度成長時代に創立され、その間に、いくつもの荒波を経験してきましたが、その独特の状況対応能力を発揮し、そこに独自の実績を積み重ねてきたことで、その荒波に飲み込まれることはありませんでした。

 しかし、それは、いわゆる日本経済が「右肩上がり」を実現していた時代と、その余波が残っていた時代(1990年代後半まで)までのことであり、製造業のGDPが急速に減少し始めた2000年からは、それにどう対応していくのかの問題が新たに出現したといってよいでしょう。

 すなわち、製造業のGDPが急減し、なかでも、その主役を担ってきた「機械電機」の分野が、そのピーク時よりも半減近くになるような時代を迎え、これが、高専を含めた技術者教育に、どう影響を与えるようになるのか、そのことが根本的に問われる時代がやってきているのではないでしょうか(つづく)


akaihana
大成研究所前庭の花