高専における内的発展法則とは、高専における教育と研究の総体を本質的に発展させることに関する普遍的で必然的な関係のことです。

 高専における個々の現象の発展のなかには、この法則性が潜んでいて、これを総合化、そして普遍化することで重要な法則性が明らかになっていきます。

 また、この場合の「内的」とは高専内部のことであり、具体的には、高専の各種組織や教職員、学生などの主体者などのことを示しています。

 これらを踏まえ、高専専攻科に関する内的発展法則について考察を試みることにしましょう。

 これは、以下の課題に関することでした。

 ①いかにして、高専の専攻科教育を発展させるか。その結果として、いかに専攻科生を成長させて卒業させるか。

 ②その教育目標を達成することで、いかに高専教員の主体的力量を高めるか。

 ③専攻科教育の発展が、いかに高専本科にも影響を与え、高専全体の発展に貢献するか
。 

 これらの課題を究明し、その解決が可能であることに普遍的な意味を見出すこと、それが、内的発展法則を明らかにすることでした。

 この問題については、最後にもう一度振り返ることにして、実際に、専攻科論議が、どの様に進展していったのか、そこに戻ることにしましょう。

 議論の中身を解りやすくするために、ここでは、専攻科不要論の所説に対して、私たちが、どう立ち向かっていったのかを軸として、その議論を紹介します。

 「あなた方は、さまざまな理由で高専には専攻科は不要であるという主旨の意見を述べられていますが、それでは、現役の高専生が、専攻科の設置を望んでいるとしたら、それをどのように考えられますか?」

 第1弾は、この高専生の生の声に基づいて反論を行ったことでした。

 「ここに私どもの高専が行った高専生に対するアンケート結果があります。これによれば、圧倒的多数の高専生が、自校に専攻科を設置することを希望しており、専攻科ができれば進学したいという声が寄せられています。この現役の高専生の声は重要だと思いますが、いかがでしょうか?」

 こう尋ねると、その不要論者のほとんどは、何も言えなくなりました。

 しかし、これで納得したわけではなく、ましてや、自らの意見を変えることには至っていませんでした。

 さらに、私どもは問いかけを続けました。

 「現役の学生の声だけでなく、かれらの保護者の声は、どうだったか?みなさんはお解りですか?」

 この問いかけに関しても、ほとんど何も反応はありませんでした。

 「アンケートの結果によれば、じつは、現役の学生以上に保護者の方において専攻科設置を希望するという声がより多かったのです。

 専攻科ができれば、ぜひ、自分の子どもを進学させたいという声が少なくない数で寄せられていました。

 この保護者の声を、みなさんはどう思われますか?」


 この2つの問いかけによって、その後、専攻科不要論は、音を立てて崩れていきました。

 次の、専攻科不要論については、若干のコメントを加えておきましょう。

 ①専攻科が加わると、高専が高専でなくなる。高専は完成教育を行うところだったはずである。

 すでに、「高専は完成教育を行うところである」という意識は、高専生や教師にほとんどなく、多くの学生が大学に進学するという実績によって、それはほとんど打ち消されていました。

 就職か、進学かは、その「当初の位置づけ」とは無関係に、高専生の希望に沿って決められていました。


 ②今回も、上からの独断で、その設置が決められようとしているので信用できない。

 「何も、上からの押し付けに従う必要はありません。実際に専攻科生を教育するのは、私たちであり、私たちが自立していくことの方が大切なのではないでしょうか」、この反論も有効でした。

 ③校長の独断で、人事権をより一層振り回す可能性がある。

 「なかには、そのような方もおられるかもしれませんが、そのような横暴を許してはいけません。みんなで力を合わせて堂々と対応できるようにする必要があります」


 ④高専は教育機関であり、その役割が薄められるのではないか。

 「たしかに、その通りです。しかし、専攻科生を、どのように教育して立派に成長させていくのか、そのことをよく考えてみてください。

 専攻科が設置されたとして、その専攻科生と高専生を比較してみてください。

 専攻科生において、より高度な専門技術を学ぶようになることは明らかですよね。

 また、それを達成するために、専攻科生が高専生よりもより高度な研究を行うことが大切であることも確かなことですよね。

 専攻科ができると、その専攻科生と高専生が、一緒に研究することができるようになります。

 こんなすばらしいことはなく、それが専攻科教育におけるもっともすばらしいことのひとつとなるのではないでしょうか」


 これらの反論によって、その不要論は、徐々に影を薄くしていきましたが、しかし、それらによって完全に無くなったわけではありませんでした。

 次回は、そのことについて、より深く「内的発展論」の内部へ分け入ることにしましょう(つづく)。


コスモス

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