「第2次産業が、内地の高度成長期のようには、ほとんど発展しなかった沖縄では、その代わりに第三次産業や小売り、そして観光産業が発展することになりました。

 これは、沖縄経済の最も重要な特質の一つではないでしょうか?」


 「本来ですと、沖縄の経済を担うはずの農業も十分には進展せず、むしろ衰退の傾向をたどっています。

 他府県では、農業などの第1次産業の衰退は、都市と農村の対立を通して論じられてきました。

 そして、その都市には、大規模な工場が形成され、それを軸として都市が拡大し、この都市間に交通ネットワークが張り巡らされていきました。

 ところが、この製造業を中心にした都市形成が沖縄では成立せず、逆に、第三次産業のみが、沖縄において大きく発展するという構造的な特徴を有するようになったのではないでしょうか」


 「そうですね。沖縄には、大規模な製鉄所、石油コンビナート基地の形成はありませんでした。
 それに、小売りとしては、『セブンイレブン』の店舗がありません。今のように内地からかなりの商品を運搬するのでは利益が出てこないからなのでしょう」


 「たとえば、『Kねひで』というスーパーがありますが、初代創業者は『鍛冶屋』さんだったそうですね。
 それが発展して『Kねひで鉄工』や『Kねひでアルミサッシ』になり、さらにその幅が広がり、今では数十店舗のスーパーを有する商事会社にまで広がっています。
 『N護鉄工』は、これまた多数の店舗を有する『Mイクマン』となり、ホームセンターとしての小売業を発展させています。
 これらは、第二次産業から第三次産業への転換を、沖縄に則して上手く行うことによって発展した典型的事例といえます」

 「本土では、そのような事例はありますか?」
  

 「ほとんど聞いたことがありません。U興産という会社がありますが、もともとは鉄工所から始まりましたが、その展開は化学部門、セメント部門という同じ第二次産業の分野において拡大し、規模を大きくしていきました。
 同じY県のT機も、昔は『T山機械』と呼ばれていて鉄工や機械関係の会社であり、これも圧力容器という化学関係の装置産業への展開を図ることによって発展を遂げた企業です。
 ですから、沖縄の企業のように、大規模に第三次産業的展開を行うことによって企業が発展した事例は珍しいのではないかと思います」

 「なるほど、おもしろい視点ですね」

 このようなやりとりがしばらく続き、昨今の沖縄経済の特徴がしだいに明らかになっていきました。

 「そろそろお昼時ですね。場所を移しましょうか」

 「そうですね。ここはお客さんが少なく、周りを気にせずに喋ることができましたね。なんだか、コーヒー一杯では申し訳ない気分です」

 「近くに、シニア割引のあるピザ屋があり、飲み放題のメニューもあるようなので、そこに行きましょう」

 すでに、お隣のピザ屋にはかなりの客が来ていて、二人の席探しもやっとのことでした。

 注文は、ピザやパスタなどの食べ放題、そして飲み物も飲み放題にし、シニア割引で一人1000円でした。

 ここは、昔からピザに関しては有名店であり、次から次に焼き立てのピザが出され、それを思い思いに皿にとることができました。

 また、野菜やスープ、果物もあり、他にパスタやカレーライスなどもありました。

 少し腹も膨らんだところで、私は、次の問題提起を行いました。

 「先日(7月21日)の琉球新報の1面トップに『沖縄平均寿命46位』という記事が大きく7段で出ていました。このショッキングな結果について、どのように思われますか?」

 すでに、この記事はK教授も読まれていて、「沖縄にとっては大変な数値である」との認識を示されていました。

 次回は、このやり取りを詳しく紹介することにしましょう
(つづく)。

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                     沖縄の庭先で見かけたランの花