昨日は、朝早くから、大工さんや建築士の方々と打ち合わせを繰り返していました。

 時には炎天下で足場の一番上まで昇って棟上げの状況をしばらく観察していましたので日に焼けてしまいました。

 私は、その様子を見ているだけですが、大工さんたちは力いっぱいの作業を繰り返していくのですから、かれらの体力、実践力は相当なもので、「これは敵わない」と思いました。

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玄関屋根付近の梁の設置

 なかには高齢の方もおられましたので、その作業ぶりには頭が下がりました。

 そして澱むことなく進んでいく集団作業のてきぱきさ、洗練さを目の当たりにし、日本人的特質がここに如実に現れているなと思いました。

 かれらは、「実際に作業を始めると、暑さや寒さをまったく忘れてしまう」と仰られていましたが、それがプロ中のプロの証なのでしょう。

 午後からは、南棟の研究所の梁設置へと進みました。

 ここも南北方向に4.56mの広さがありますので、大きな梁が密に張られていきました。その屋根の梁の様子の一部を示しておきましょう。

 
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手前がセミナー室の梁であり、その北側に広い中庭が設けられる予定

 午後からも、この棟上げ作業は順調に進み、4時前には、すべての梁の設置が終わり、次に柱の垂直度の調査が行われ、それを確保するために簡易の斜め材の釘打ちが行われました。

 この垂直度を維持しながら、梁の上に屋根板のパネルを打ち込んでいくのだそうです。

 こちらも、午後からの建築士さんとの打ち合わせを終え、16時半からの準備をしました。

 すでに、セミナー室のところに簡易の板が敷き詰められ、ここで棟上げ式の準備が整っていました。

 そこを見ると、真正面に本建築のスケッチ写真、その前には米と塩を入れた2つの皿が用意されていました。

 ここに、日本酒とみなさんに配布する泡盛2本も備えました。

 式は、棟梁のUさんによる参拝によって開始されました。

 建築が無事完成するようにと願って、二拍一礼を行いました。

 また、それを受けて、施主の私と株式会社ナノプラネット研究所社長のYO氏の両方が挨拶を述べました。

 私は、みなさんの朝からの力と心が込められたすばらしい作業のお礼を述べるとともに、次のように研究に関する抱負を語りました。

 「来年70歳を迎える年になって、そして国東に移り住んで5年が経過し、ようやく念願の自前の研究所を設立することになりました。

 その規模は真に小さいのですが、私の人生を賭けた集大成を行う研究所にしたいと思っています。

 全国から、そして世界から、さらには地域のみなさんが、それこそ子供から大人まで、多くのみなさんが、この研究所を訪問されてにぎやかに語り合う場にしたいと思っています。

 どうか、今後も立派に仕上げていただくよう、みなさんのご支援、ご協力をよろしくお願いいたします」
 

 これらの挨拶の後に、KOさんによるお祝いの歌が唄われました。

 最初の曲は「埴生の宿」、ゆっくりとした調子で、その歌声が、棟上げされた柱や梁の間を広がっていきました。

 みなさんは、労働で疲れた身体を休めながら、一心に、その歌声を楽しんでおられました。

 おそらく、南側には、たくさん並んでいる団地の住宅の屋根まで、北側には裏の小城山まで、その歌声が響いていったのかもしれませんね。

 一曲目が終わり、アンコールの声もあって、次に「アメージンググレイス」が唄われました。

 今度は、みなさん、さらに心安らかになって聴き入られた様子でした。

 聞くところによると、棟上げ式で歌を聴くのは初めてのことだったようで、みなさん、とても喜ばれていました。

 最後に、沖縄から持参した泡盛(「久米仙」と「菊の露」、各1本)と弁当を持って帰っていただきました。

 こうして、朝から始まった棟上げ式が終わり、私も、家屋の四隅に撒いた日本酒をほんの少しいただき、ご利益を得ることにしました。

 何はともかく、こうして棟上げ式が終わりましたので、これから、いよいよ、その中身の準備をしていくことになりますので、その検討も、すでに開始いたしました。

 真に小さなものですが、この自前の研究所を舞台にして、どのような舞を繰り広げていけるのか、またしても、私の真価が問われることになりそうです。

 これから、この拠点を得て、そのシナリオづくりが本格的に始まっていくことになりますね(つづく)。

緑砦館-6セミナー室
セミナー室のスペース