本日から2日間にわたって、上記のセミナーが開催されます。

 その準備のために、本ブログ記事の更新ができないままでした。

 本日は、私の講演だけで30分物が4つ、明日は40分物が2つと合計で6つの講演を行うために、その講演テキストとスライドづくりに専念していました。

 毎度のこととはいえ、これだけの準備を短期間で行う(短期間でしかやらない、困った性格ですが)ことは、そう簡単なことではありません。

 それでも、今日も未明からその準備にあたり、明け方に、マイクロバブル入浴を行って元気になり、そして今、テキストの準備を終えたところです。

 まずは、ほっと一息、本記事の執筆を始めたというわけです。

 最初の話題は、昨夕、地元の方が、七島イ(琉球畳の表、高品質で人気)の苗を持ってきてくださいました。

 田植えに使った残りだそうででした。

 なにせ、生き物ですから、早速、水に浸けて洗いました。

 これから、これを時間をかけずに順次、処理(水洗いをして苗から土の成分をきれいに洗い落とす)をしていく必要があります。

 困ったことに、これをすべて収納可能な研究用の水路がなく、さて、どうしたものか。

 やむなく、これから栽培水路を製作しながらの取組になりそうです。

 そこで、せっかくですから、その七島イについてやや詳しく事情と問題点、さらには課題を述べておきましょう。

 その第1は、生産地が全国で国東のみという特殊事情があることです。

 畳表としてはイグサが有名で、この全国一の生産地は熊本県八代地区です。

 このイグサと七島イは同じ畳表材料ですが、前者は円形、後者は三角形の断面を有しています。

 前者の方が栽培や作業が簡単なために、七島イを育てる農家が減少し、いつのまにか国東地方のみで続けられてきたようです。

 この国東地方における七島イ栽培の最盛期は、戦前から戦後にかけてであり、1960年代には、年間500万畳枚(畳1枚のサイズ)もあったそうです。

 その頃は、一家総出で七島イの栽培から加工までをやっていたようで、年齢にして60~70歳前後の方々は、子供の頃に、よく七島イの作業を手伝われたそうです。

 しかし、その七島イ産業は、今や年間3000畳枚(金額にして3000万円)の生産しかない状況に追い込まれています。

 よくいわれることで、七島イの生産額は、一反あたり(1000㎡)300万円だそうで、米の18万円と比較すると大きな違いです。

 にもかかわらず、なぜ、七島イ農家が減少し続けるかというと、それは、その栽培から織りまでの作業がきつく、特殊なものだからといわれています。

 よく聞いてみると、全国から若い方に来ていただいて七島イを地元の産業にしたいという期待が寄せられているそうですが、この課題の解決は、なかなか容易ではないようです。

 そんな厳しい状況もあってのことか、地元の業者の方から、七島イの栽培研究の話が持ち込まれてきました。

 とにかく、七島イ栽培の現状においては、田植えが4月末から始まり、それから80日間で収穫するという方式です。

 この年一期作が、長い間に定着してきた栽培法です。

 これをなんとか打開しようと、次のような試みがなされているようですが、その確立は未だなされていないようです。

 ①一期作のみから二期作目を可能にする。

 この問題に立ちはだかるのが台風や集中豪雨、そして長雨であり、これを避けるにはハウス栽培が必要になります。

 ②ハウス栽培だと経費がかかり、採算性を確保できない。

 ハウス栽培においても採算性が成り立つには、その生産性を上げる栽培法を新たに開発する必要があります。

 ところが、この開発問題で「死の谷間」に落ち込んでしまいます。

 この谷間から抜け出すには、ハウス栽培において生産性と採算性を確保できるような新栽培法を見出すしかなさそうです。

 はたして、その魔法のような新たな方法を開発することはできるのでしょうか。

 セミナーに参加しながら、この課題をよく考えてみたいと思います。

 この難題、頭の体操、すなわち「ひらめきの訓練」には、最適の問題ではないでしょうか(つづく)。

七島イ田植え風景
七島イの苗の田植え直後の様子