春もたけなわ、その主役のサクラが満開の頃を迎えました。

 この3日間の雨模様から一転して青空が顔を見せてきました。

 例年ですと、サクラは散り始めているころと思われますが、今年は開花がやや遅かったせいで、今が見ごろではないでしょうか。

 サクラといえば、すぐに谷村新司作の「サクラサク」の次の一節が脳裏に浮かんできます。

 「ああ いつか サクラサク 涙を超える人の胸に 

ああ いつか サクラサク 願い続ける人の胸に 」


 苦労を厭(いと)わず、自ら背負ってでも挑戦し、その成功を待ち続ける、そして「サクラサク」をめざす、そのような人々の心情を谷村は、みごとの歌い上げています。

 この思いとは裏腹に、滑らかなメロディーで、それこそサラリと唄っているのがよいのでしょう。

 この歌にもあるように、サクラは「日本人の心」を代表してきた植物です。 

 第二次大戦後、戦禍で荒れ果てた地域において多くのサクラの植樹がなされてきました。

 それが、戦後の復興とともに成長し、今では、全国の津々浦々にサクラの名所を創ってきました。

 いかに、サクラが多くのみなさんを和ませ、この歌のように人々を励ましてきたか、この歌のヒットの背景には、そのようなサクラに関するみなさんの体験があったからではないでしょうか。

 時は流れ、戦後70余年を迎えた今、その全国各地に植えられたサクラが老齢期を迎えています。

 このサクラの朽ちを防ぎ、いかに衰退なく次世代の桜を育てるか、これが、全国のサクラ愛好者や守る会の人々の重要な課題になっています。

 その意味で「サクラサク」は、今後も日本人の心の奥底に触れ続けていく大切な問題ではないかと思います。

 さて、私が、「サクラ」に特別の興味を持つようになったのは、今から約1年前に、長野県のKさん(私の友人にはKのイニシャルの方が多く、その方々を区別するために、Kの後ろに番号を付けて「K6」さんと呼んでいます)から相談があったことがきっかけでした。

 K6さんは、私の本ブログを読み始めることで、マイクロバブル技術に興味を持たれたようです。

 そのうち、ブログの内容についてメイルや電話でのご意見をいただくようになり、さらに、その興味を深めたようでした。

 その中に、サクラの話があり、K6さんの地元では、大変立派なサクラの公園があり、そのサクラを守る会にも加入されているとのことでした。

 K6さんは、このサクラの老齢化を心配されていて、マイクロバブル技術で何とかならないかという相談がありました。

 サクラについては、私も適用の経験がありませんでしたので、1)これから徐々にサクラについて学習する、2)こちらでも、簡単な初歩的実験を始めて、その研究を行うことにしました。

 そこでホームセンターに行って、サクラの幼木を探すと、「一才桜(旭山)」の鉢植えがありました。

 その実験開始日が2016年11月21日、以来、今日まで簡単な実験を継続してきました。

 なにせ、植木も、そしてサクラも初めてのことでしたので、いったい、どうなるのか、多少の不安は抱えながらも、一方で興味津々でもあり、それ以来の半年間、サクラと共に過ごしてきました。

 その半年間を振り返りますと、1)何を、どう観ればよいのかがよく解らない、2)この初歩的実験において、どのような成果が期待されるのか、3)成果の意味は、どこにあるのかなどのことを考えながらのことでしたが、それらが十分には明確になっていませんでした。

 ところが、春風が吹くようになって、今、春が来て、その事情が一挙に変わってきました。

 なによりも、その「サクラサク」が、これらの疑問を解き明かし始めたのです


 次回は、そのことについて詳しく紹介することにしましょう(つづく)。

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                     実験開始した時の一才桜(旭山)