早いもので、今年も4月を迎えて新しい年度が始まりました。

 いつもこの季節になると、気持ちもやや引き締まります。

 これも長い間、教員生活を過ごしてきた習性なのでしょう。

 さて、今月のブログのガイダンスを始めることにしましょう。

 最初は、人気記事の紹介からです。

 2700回記念シリーズ「マイクロ・ナノバブルとは何か」、「第20回記念マイクロバブル研究会を終えて」、「地域にマイクロバブル技術を生かす(12)」などがよく読まれているようです。

 これらは、こちらとしても思いを込めての執筆であり、それが強いほど、読者の数も増えるという結果に至っているようです。

 その意味で、さらに思いを強くして書き進めることが大切ではないかと思っています。

 2つ目は、記念シリーズの「マイクロ・ナノバブルとは何か」が安定飛行に入ったことです。

 この企画は、本ブログの柱のようなものですので、おそらく超ロングランンになっていくことでしょう。

 途中で飽きないように、関連するおもしろいエピソードも添えて新鮮味と深みを加えていく工夫を忘れないようにしたいと思います。

 3つ目の2750回記念は、「今、春がきて」という季節限定にしました。後で振り返ると、2017年の春の出来事に重要な意味があった、と思えるような企画と内容にしたいと思っています。

 おそらく、その内容は、どこかで他の記事と重なる部分が出てくると思いますが、そこに新鮮味と具体性を加味して、その現実感を表す記事として認めていくつもりです。

 4つ目は、懸案となっている次の記事ですが、これらについても、機会を得て加えていくことにしましょう。

 ①高専は、どこへ向かうのか(2450回記念)

 ②回顧2045(2600回記念)

 ③安保徹さんの医学論


 4つ目は、準連載になり始めている「日曜日の朝」の記事についてです。

 すでに7回の記事を連載してきましたので、今後も順次更新していくことになるでしょう。

 日曜日の朝は、心休まる一時を迎えることができますので、それだけ、落ち着いての記事執筆が可能になりますので、それを生かした思いを届けることができますね。

 5つ目としては、最近の「私のマイクロバブル生活研究」の奮闘編にちらっと認めさせていただきましたが、私流の、すなわち「マイクロバブルはかせ流」の野菜づくりに、強い関心と配慮をなさる方が現れ、その味評価の輪が、一流処において、しだいに広がっていることです。

 また、それに備えての作業も進み始めましたので、これから春から夏にかけて、多様な展開になっていくことでしょう。

 植物の場合は、それが育つのに1、2か月、あるいは数か月もかかるのもありますので、それを考慮していかに早めに計画していくのか、それがコツになります。

 おそらく、農家のみなさんにとっては、その早目の計画的な行動が当たり前のことだと思われますが、今頃になって、ようやく、そのことの大切さに気付いたというしだいです。

 植物の成長は、日々のスケールで観るとわずかなのですが、これが、より長い時間スケールでみると大きな成長になるというふしぎな時間感覚になることがあります。

  そして、そこには、時々、驚くような発見もあり、「これはすばらしい」と感心することさえ出現してくることもあります。

 植物が生き物であること、そこに、マイクロバブルの生命エネルギーが吹き込まれることによって、思わぬ発露の秘密があるからではないかと思っています。

 こうなると、植物栽培は単なる癒しや趣味の世界をはるかに超越してしまい、未知のおもしろさ、深さに出会う世界に歩を進めることになります。

 そのことをどう伝えていくのか、それも重要なことになりますので、ここにもより洗練された「心意気」が求められることになりますね。

 6つ目は、折角ですから、最近の思いを少し綴ってみることにしましょう。

 この4月で、国東の生活も6年目を迎えることになりました。

 途中にはいくつかの波乱もありましたが、以下のことも進行していきました。

 ①高専の教員からの脱皮

 まず、36年間続けてきた教員生活を客観的に観ることができるか、これが問われることになりました。

 それは、過去に養われた視点から物事を考え、行動するというパターンからの脱却であり、それにとって代わることができる新視点を見出すこと、そしてそれに基づいて行動し、それが確かなものであることを深く認識することでもありました。

 これには「時」というものが必要であり、その変化の中で、新たな自分を見出すことでもありました。

 おそらく、今は、過去への拘りを無くす方に流れていて、そのうち、その反動が現れて、丁度良い位置関係になっていくのではないかと思っています。

 ②新たな生まれ変わり

 上記のような過去の客観視、新たな動きの発生と変身は、じつは、新たな生まれ変わりを意味するものでした。これには、長い間の闘病によって弾みを付けさせられたという側面もあったあようです。

 この生まれ変わりを一言で表すとすれば、それは、研究開発者から技術開発者への変身と脱皮でした。

 まず、内面にける変化が起こり、それが実践によってより確かめられることになります。

 時には脱兎のごとく走ってしまい、我を忘れることもありますが、後で、それを冷静に振り返れば、そこに決して小さくない変化があったことに気づかされます。

 そして、それは、次の課題の達成のためであったのかもしれません。

 ③これからの未来にふさわしい拠点づくり

 「新しい酒は新しい革袋に盛れ」という故事があります。

 新しい酒を古い革袋に入れると、皮が破れて酒もダメになってしまうから、それを避けよという意味のようです。

 この故事のように、この5年間は、新しい酒の醸成期間だったのではないかと思います。

 私の使命は、マイクロバブル技術をわが国はおろか、世界中の隅々まで広めていくことにあると思っています。

 そのためには、マイクロ・ナノバブルに関する研究を深め、それにふさわしい、洗練されたマイクロ・ナノバブル技術を開発していくことが何よりも重要なことでした。

 そこで、その中核をなす、新たな酒にふさわしい革袋、すなわち「次なる拠点」が必要となりました。

 この拠点づくりには、「物と人」の2つの側面からのアプローチが必要でした。

 前者は、人がどこからでも集まってきて相談を受け、さらにそこから発進していくという連鎖のサイクルを構築していけるような、いわば、「マイクロ・ナノバブル技術研究の道場」を創り出すことでした。

 それは、社会の求めに応じて成長していくべきものであり、それにふさわしい「道場」を構える必要があるのではないかと思うようになりました。

 後者は、その拠点にふさわしい人垣を造ることでした。

 幸いにも、20回を迎えたマイクロバブル研究会、11回を終えたマイクロバブル技術国東セミナーなど人との交流の輪もしだいに広がってきました。

 この人の和こそ、もしかしたら新しい酒なのかもしれませんので、それにふさわしい革袋とは何か、それを真剣に考える時期がきた、このように考えてもよいのではないかと思います。

 この2017年の春から夏にかけては、このような課題に挑戦することになりますので、本ブログも相当ににぎやかになっていくでしょうから、みなさま、引き続き、ご愛読をよろしくお願いいたします
 (つづく)。

sirotubaki
白椿