映画「母と暮らせば」の主人公である福原浩二の恋人役が、黒木瞳演じる佐田町子です。

 この名前を聞いて、おやっと思いました。

 「まちこ」は、今リバイバルで流行っている「君の名は」の主人公の名前であり、その姓の佐田は、男性の方の主人公の俳優名と同じでした。

 これも、山田監督なりの、こだわりのようなものが、どこかにあったのでしょう。

 映画の中でも、新しく生まれた子供に「町子」という名前を付けたという話が盛り込まれています。

 その町子さんは、小学校の先生でした。

 彼女が引くオルガンでの、これも山田映画によく出てくる「背比べ」の演奏が子どもたちといっしょになされていました。

 これが、「男はつらいよ」の映画になると、

 柱のきずは、キリギリス、5月5日のキリギリス

 ちまき食べ食べ キリギリス 測ってくれた キリギリス


となります。

 さて、もうひとりの主人公は、浩二のお母さん役の吉永小百合さん演じる助産婦の福原伸子さんでした。

 すでに、福原浩二にとって、町子さんは実質的な婚約者でしたので、伸子さんにとって、町子さんは娘のような存在になっていました。

 原爆で一瞬のうちに焼かれてしまった浩二の遺体を、二人で長崎中を探し歩いた仲でした。

 しかし、それでも、骨のひとかけら、ズボンの切れ端さえ見つかりませんでした。

 そして、3年が過ぎ、命日の墓場の前で、息子がどこかで生きているのではないかということを諦め、その死を受け入れるようになります。

 その日から、伸子の前に、浩二が幽霊になって出てくるようになりました。

 それは、3年ぶりの亡き息子との対面でした。

 映画は、ここから、母と息子による、それこそ、切なくて涙を誘う会話がなされるようになります。

 その一番大切な話題が、婚約者であり、娘のような存在であった町子さんのことでした。

 その町子さんの前に、恐くて幽霊で出ることができない浩二は、お母さんの前ですと安心して出ることができました。

 時には、懐かしいエピソードも思い出し、そのなかには浩二の高校時代の学園祭の話もありました。

 浩二は、長崎から離れて、山口高校に通っていました。

 山田監督が通っていたのも、この高校でした。ここでは、浩二を山田洋次青年にダブらせたかったのでしょう。

 そして、映画の中では、山高生の鴻南寮の歌も披露されます。

 この歌の一節に出てくる「後河原」とは、蛍で有名な一の坂川のほとりの通りの名前です。

 春は桜、夏は柳の青葉が美しい川のほとりでした。

 学生たちは、この川沿いの旅館でコンパを行い、その後、この後河原をよく歩いていました。

 山高の学園祭で、浩二は身体に炭を塗りたくって土人に紛争し、歌を唄ったけど、そのまま炎天下で踊っていたせいで火傷をして身体が大変だったそうです。

 おそらくこれも山田洋次監督自身か、それともその友人のだれかのエピソードだったのでしょう。

 それを見て町子さんが楽しそうに笑っていた顔がとても印象深く、美しいものでした。

 しかし、その浩二と町子は、婚約者同士でしたが、それが原爆によって、いきなり、引き離されてしまいます。

 それから3年が経過しましたが、浩二にとっては、その三年前とは、原爆で死んだ日のことであり、しかも幽霊ですから、その日のことから何も変わっていません。

 母の伸子は、町子に、「浩二のことは気にしなくてよいから、新しい伴侶を探して幸せな人生を歩んでもいいのだよ」とやさしく諭しますが、これはとても、受け入れられることではありませんでした。

 3年経過しても、浩二への熱い思いは募る一方で、それを消し去ることはできず、それが、自分だけが生きている「負い目」と重なって、心の奥底に凝固していたのでした。

 母の伸子は、この3年間、町子とともに生きてきただけに、誰よりも町子の幸福のことを考え続けてきました。

 死んでしまった息子に、その町子の今後のことを相談しますが、最初は、自分以外の誰かを伴侶として町子が見つけることに、浩二は猛反対します。

 死んだはずの浩二が、生きている町子に対して大きな拘りを見せ、その新たな人生に向かうことに賛成することはできませんでした。

 ここで母と幽霊の息子は口論を繰り返し、ぶっつかり合います。

 一方で、現実の世界においては、母が娘のように感じている町子に、よい伴侶を選んで自分の人生を選ぶことを説得し続けていました。

 しかし、町子の気持ちは複雑で、そういわれるたびに泣き濡れていました。

 じつは、町の心の奥には、その母親の伸子の勧めには素直に添うことができない、生きることに関する負い目が刻まれていたのです。

 ところが、息子の浩二の方には、この負い目がありません。

 一瞬にして自分の命は無くなってしまったのですから、後は、町子の幸せを願うしかありません。

 ここで、浩二の名セリフが出てきます。

 町子が新しい人生を生きていくことは、浩二自身の願いであると共に、原爆で死んだ友達や多くのみなさんのためでもあるのだ、といい始めたのです。

 母親の伸子は、この浩二による町子への温かい思いやりに感激し、「さすが自分の息子だ」と誇らしく思います。

 一方で、母と息子の会話においては、楽しくもあり、悲しくもあった思い出が蘇ってきます。

 ビルマで戦死した兄のこと、浩二が憲兵隊に連行され、伸子が司令官の前で身体を張って息子を救ったこと、さらには、その帰りに泣きながら二人でちゃんぽんを食べたことなど、二人が親しく、そして心を開いて話し合うことが続いていきます。

 長崎のちゃんぽんの特徴は、砂糖が入っていてやや甘いのですが、非常においしいことには変わりはありません。

 その会話の後ろで流れるメンデルスゾーンのバイオリン協奏曲、そして坂本龍一の心に沁みる音楽が、さらに二人の間の関係を盛り上げていきます。

 ここで名優、吉永小百合さんの名演技が光を放ちます。

 私は、名優渥美清に次ぐ名優が彼女だと思いますが、この彼女の名演に、心がどんどん引き込まれていきました。

 キュウポラのある街以来、何十年と演技を重ねてきた吉永さんの名演が珠玉の光彩を放っていました(つづく)。 

 
pinnk
夕闇の中で光るピンクの花弁