昨日は、M大学のK教授と旧交を温めながら、延々と約6時間にわたって、地域創生のこと、大学や高専の教育のこと、そしてこれからのことなどについて、互いの夢を語り合いました。

 K教授によれば、地方の国立大学においてはより地域密着型の指向が強まり、地域創生の学部が設置され、「地域で活躍できるリーダーづくり」が本格的な課題になりはじめています。

 この話を聞いて、「いよいよ、地方の国立大学が、本格的に腰を入れて動き始めたか!」という思いを再認識しました。

 私は、1980年頃から自治の中小企業との付き合いを開始し、「地域に根ざした高専づくり」や、その基本となる「地域に根ざした技術づくり」を目指すようになり、文字通りの悪戦苦闘をしてきました。

 結局、その指向は定年を迎えた2012年まで続き、合計で30年余の長きにわたる経験を積み重ねることになりました。

 今振り返りますと、その積み重ねは、私が築いた貴重な財産のひとつになっているのではないかと思います。

 しかし、その活動を開始したころは、かなりの不安でいっぱいでした。

 それは、自分の中小企業への対応能力の水準が低かったからで、「どうしたらよいものか」と思い悩むこともよくありました。

 その悩みごととは、次のようなものでした。

 ①中小企業から提示された問題においては、常に具体的な解決が即時に求められました。

 これには、最初からその解決法を検討するという指向が求められました。

 問題を解明して、それから、その解決法を見出していくという段階論では、その即時の対応が困難であることが多かったからであり、この解決法を見出すことに悪戦苦闘したのでした。

 ②その問題解決においては、自分が専攻してきた個別科学に留まらない、総合的な視野が必要であり、それに基づく判断力と実践力が試されました。

 中小企業の方々から、具体的な問題を聞いても、それが本質的な問題ではない場合が多々あります。

 この場合は、再度詳しく聞き直し、場合によっては調査も行い、その問題の所在を明らかにしていく必要があります。

 その際に必要とされるのが総合的視点であり、その視野からの問題点の探索力、その本質を見抜く力が問われるようになります。

 これらが不十分であれば、それをどう解決していくかの手法を見出すことも、決定することもできませんでした。

 ③問題を解決に結びつける最高水準の手法、すなわち、私の場合、それはマイクロバブル技術なのですが、その理解不足、熟達度における未熟さ、経験不足などのために、その最高水準における適用ができていなかった。

 この資質は簡単に身に付くものではなく、それこそ実践的に現場でたたき上げていくしかありませんでした。

 しかし、その現場は、常に多様であり、それに適合できる実践力が試されることになりました。

 その基本は、その現場に則した装置を、その都度開発していくことであり、これは、「いわば急げば回れ方式」でしたが、これによって個々の装置開発を行うという格闘を積み重ねてきたことが、徐々に良い結果をもたらすようになりました。

 現場に則した不断の装置開発、これが、この問題解決における核心のひとつでした。

 2012年4月に前職場を定年で辞め、大分県国東市という地域のなかに、すっぽりと分け入ることになりました。

 この地域をどう変え、いかに再生していくのか、これが、真正面から問われるようになりました。

  地域で活躍するリーダーづくり、そのコツは、地域で実際に活躍している方々のノウハウを集約し、そのエキスを適用することにあります。

 地域創生の核心は、この開発のコツを探究し、実践することにあります。

 そして、その地域創生の課題は、単に地域に留まるものではありません。

 そのすばらしさがゆえに、地域を飛び出し、日本へ、そして世界へと数々の境界を越えていくようになります。

 じつは、今年、その第4の課題に関する小さな、しかし確実な発展が起こり始めました。

 そのことを本記事に書く予定でしたが、それを行うとかなりの文字数になりそうなので、それは、来年早々に記すことにしましょう。

 それではみなさん、幸福でゆかいなお正月をお迎えください。

 追伸

 とうとう、NHKの紅白歌合戦を見るのが苦痛になり、最初の赤白数人が出てきたところで、見るのを止めてベッドで横になっていたら、ついつい寝てしまいました。

 目が覚めたら、最後の歌手一組のみが残っていました。

 それから、みんなで出雲そばを食べて「ゆく年」を過ごしました(
つづく)。
huhukinoho
枯れ穂