1972年に沖縄返還、本土復帰がなされた後に、1975年には沖縄海洋博が、沖縄経済の起爆剤と称されて開催されました。

 本土からも、たくさんの来客が見込まれ、それを目当てにしての出店も多数ありました。

 これは、東京オリンピックの後の大阪万博と同じ方式であり、万博という拠点を作って大量の人を集める方式の適用でした。

 そのために、目玉としてアクアポリスという海上都市パビリオンと水族館が建設されました。

 その会場は本部半島の北側、海を隔てては、伊江島の立柱が見えていました。

 ここは、未だに米軍が実弾演習をしているところでもあり、ここでも沖縄県民にとっては危険なエリアが存在しています。

 伊江島といえば、ピーナッツの栽培が有名であり、これを用いた黒糖菓子は有名であり、人気の商品ですから、お土産に、ぜひ買って帰りたいと思っています。

 先日のパシフィックホテルのお土産品展では、このピーナッツお菓子が594円で売られていました。

 さて、このアクアポリス内の水族館は、その後閉鎖され、現在の美らうみ水族館にリニューアルされました。

 この水族館には一度も行ったことがなく、一度機会を得て見学したいと思っていたところ、沖縄二日目の朝に、急に、その見学に行くことがまとまったようで、それに随行することにしました。

 会場へは、沖縄市から高速道路で行くことになりました。

 今度は、昨日とはまるで違って、すいすいと名護市に到着することができました。

 名護市は、本部半島の付け根の部分にあり、その入り口には許田(きょだ)の道の駅がありました。

 ここには、古代人の遺跡もあり、古くから開けたところでした。

 「今からだと、昼御飯を食べてからの方がよさそうそうですが、どうしますか?」

 「その方がよいですね。たしか、名護には、おいしい沖縄そば屋がありましたね」

 「それは、どこでしたか?」

 「有名なガジュマルの木がありましたよね。たしか、その傍においしいそば屋がありましたが、今でもありますかね?」

 運転手の案内人の方は、そのそば屋のことは知らなかったようで、職場である新聞社の北部支所に電話をかけて、おいしいそば屋を教えていただいたようでした。

 そのそば屋の名前は、「我部祖河(がべそか)食堂」でした。

 この食堂内は広く、テーブルが30個以上もあり、このことから流行っている様子が覗えました。

 ここは、沖縄の「ソーキそば」発祥の地らしく、その説明の添え書きがありました。 

 「そうか、ここが発祥の地なのか、それでは、そのソーキそばを頼もう、ここは頑張って『特』を注文しよう」

 そばは、こしのある小麦麺、だし汁はあっさりしていて、脂味がなく、すっきりしていました。

 「さすが発祥の地のそばだね。これだったら、人気の『そば屋』になるわけだ」

 なんとか、特大のソーキそばをすべて食べてしまいましたが、吃驚したのは、そのソーキの味でした。

 甘辛く、丁度よい柔らかさのソーキ(骨付き豚肉)は、いくつ食べても飽きることがなく、大変おいしくいただくことができました。

 この「そば」に、一同は満足し、水族館へと向かいました

 車中、そういえば、昔、羽地湾のそばで同じようにおいしいソーキそばを食べたことを思い出しました(つづく)。
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                         白いコスモス