昨日は、山梨からの孫たちを空港で迎えた後の16時過ぎに、沖縄市に向かいました。

 今にも雨が降り出しそうであったこと、休日であったこと、夕方の込み合う時期だったことなどのために、国道58号線の道路は非常に渋滞し、寸刻みで前進の状態になっていました。

 「よく混んでいますね」

 「沖縄は、どこにいっても渋滞ばかりです」


 「高速もそうですか?」

 「高速の入り口に行くまでに込み、しかも、出てからも混みます」

 これでは、高速の利用もままならないようで、車の普及量に対して道路事情が対応できていない、これが基本的問題となっています。

 モノレールも空港から首里までしかなく、この深刻な交通事情を根本的に変えるまでの効果はなかったようです。

 「ここは、国道58号線に沿って名護までのモノレールが、ぜひとも必要ですね」

 「そうなるとよいのですが・・・・」

 「リニア新幹線の支出する3兆円を、沖縄のモノレール建設に使うのがよいですね。

これまでの沖縄のことを考えれば、このような施策を講じることは当然のことですが、その配慮が足らないところに、その姿勢が如実に現れていますね」


 それにしても、前も後ろも大渋滞、ところが、その左横は、ゆったりした芝生の中にぽつんと住宅が建っていて、それが延々と続いているのですから、これを見て、何も感じない方は一人もおられないでしょう。

 これが、日本全土における74%の基地が沖縄にあるという現実なのです。

 米軍の基地といえば、日頃は目に接することありませんが、沖縄では、その事情がまったくことなり、こうした日常の環境のなかに基地が存在していているのです。

ーーー それにしても、この渋滞はひどいな!おまけに、左手の基地もどこまで行っても途切れることはなく、この異常さは、尋常ではない。

 昔、琉球大学に在籍しているときに、戦後すぐの沖縄の水事情を調査したことがありました。

 それによれば、水が出るところは、すべて基地として没収されていました。

 ①水が出る

 ②土地が平らである

 ③日当たりがよい


 いわば、沖縄の一等地が基地として没収され、その残りかすが、県民にあてがわれた、これが戦後の沖縄の実態でした。

 あまりにも渋滞がひどいので、車は普天間方向に右折しました。

 おそらく、こっちも渋滞は変わらないであろうという運転手の予想でしたが、それは的中していました。

 普天間神宮を過ぎると、あの世界一危ないといわれている普天間基地が、左手に見えてきました。

ーーー ここも、基地が延々と続いていて、こちらに来ても、この渋滞は何ら改善していない。

 せめて、この道路幅の分だけでも変換されておれば、この渋滞は避けられたはずですが、どうでしょうか。

 結局、この大渋滞が解消されたのは、普天間を抜けて沖縄市の郊外に至ってからでした。

 「以前は、この右手の山の上にヒルトンホテルがありましたね」

 「そうですね。そのすぐ下のところに、結婚式を行ったブルースカイレストランがありました」

 「二階建で、一階は結婚式、二階は、一般客が食事をしていましたよ」

 沖縄市に入ってから、車の流れが変わりました。

 進行側は、すいすい進み始めましたが、対向車線側は大渋滞になっていました。

 その原因は、近くにイオンモールの「ライズカム」があり、そのからの帰途の車が集中していたためでした。

 結局、沖縄市には7時前に到着し、那覇空港からは2時間以上が経過していました。

 基地の島、沖縄は、この大渋滞のなかにも色濃く反映されていました(つづく)。
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                         白い花