11月23日から27日まで、沖縄に行くことになりました。

 旅先からも、本ブログの更新を試みたいと思いますが、それが難しい場合には、ご容赦のほどをよろしくお願いいたします。

 今回は、約4年ぶりの沖縄になります。

 このように久しぶりの訪問は初めてのことであり、「私が愛した沖縄」だけあって、親しみも湧いてきます。

 沖縄行きの始まりは1974年の春であり、それは72年の祖国復帰から間もないころでした。

 あのころはバスや車も右側通行、バスから降りる時には、長く張られた紐を引っ張って運転手に知らせていました。

 しかし、あのころの沖縄にはおいしいものがいくつもあり、大学の食堂では、みそ汁を頼むと大きなどんぶりに一杯はいったみそ汁が出てきて、それに生卵を入れ、ご飯と一緒によく食べていました。

 大学の北側の龍潭の池の近くには、沖縄そば屋があり、ソーキそばをよく食べに行きました。

 私が勤めていた琉球大学は、首里城の跡に設置されていて、その守礼の門の傍に、私の学科のビルがありました。

 夕方になると、星空がきれいで、さらに宵闇が迫ると、そのビルから観る那覇の夜景はすばらしいものでした。

 どこかで、学生たちが泡盛を飲み、楽しく歌う沖縄民謡もよく聞こえてきました。

 その大学も中部に移転し、首里城の周辺もすっかり変わってしまいました。

 懐かしき沖縄に行き、おばあちゃんの敬老とともに、身内の披露を兼ねた食事会を行うことが今回の旅行の主目的です。

 また、せっかくのことだからと、沖縄での仕事も少しできるとよいねと話をし、その準備をしてきました。

 その反響は、どの程度に広がっていくでしょうか。これも楽しみです。

 時間があれば、沖縄の友人たちとも面会できれば幸いに思います。

 また、楽しいことに、今回は山梨の「しらたまちゃん」ほかの孫たちもやってくるようで、にぎやかな旅になりそうです。

 思えば、前回の沖縄行きの時は、白玉ちゃんが生まれて約6か月でした。

 「パヤオ」という泡瀬漁協の店で食事をしたときに、しらたまちゃんが、そのテーブルでベビーイスに座ることができてうれしそうに笑っていた素敵な顔を、今でも思い出すことができます。

 その「しらたまちゃん」が、そのころのことは何も覚えていないので、「沖縄に行きたい」といいはじめ、親と私どもの心を揺り動かし、その沖縄行きが決まりました。

 今度は、かわいい二人の妹たちと一緒になりますので、より楽しくてにぎやかな道中になりそうですね。
ちべー1 (2)-1
1歳のころのしらたまちゃん