ここで、熱心に国東下村塾に勉強に来られているSさんの興味深いエピソードを紹介しておきましょう。

 かれは、もともとは銀行に勤めておられ、その後N県に出向されて、熱心に企業支援をなさってこられたことについては、すでに紹介してきたことです。

 これは、Sさんの度量といいますか、寛大な性格でしょうか。

 かれは、その企業支援において、あまり分け隔てなく対応されたそうです。

 その結果、かれの支援が的確だったこともあって、その成果がN県のみならず、他県においても続々と生まれてきたそうです。

 しかし、それらの成功がみなさんの目に広く明らかになるにしたがい、なぜか、かれの周辺で軋みが生まれてくるようになりました。

 オールジャパンにおいては何も問題が起こりはしないのに、それがもう少し小さい自治体の単位になると、なぜか、大きな問題になっていきました。

 この場合、きっと、大らかな対応で済ますというわけにはいかなかったのでしょうね。


 さて、前置きはそれくらいにして、Sさんとの勉強会では、地域における個別の技術イノベーションの起こし方をめぐって熱い議論が交わされることになりました。

 「たとえば、いくらよいものを作っても売れない、このような話がよくありますが、これを、どのように考えますか?」

 「その場合、それが本当によいものかの水準が、まず問題になります。私がかかわった宮島のIもみじ饅頭屋さんの『もみじ饅頭』があります。

 この饅頭を1個食べると、すぐに2個目を食べたいという思いが湧いてきます。なぜなら、それが本当においしいからです。

 じつは、このような感情は、いままで湧いてきたことがなく、したがって、それを積極的に、お土産に持っていったことはありませんでした。

 つまり、1個食べても、それで終わりといいますか、2個目を食べたいという気持ちになることはありませんでした」

 「なるほど・・・。私も、そのもみじ饅頭を食べてみたくなりました」

 「一度食べると、そのすぐ後に、2つ目を食べたくなるほどにおいしいのですから、それを食べた人からの注文が続出するようになり、日曜祭日には、とうとう1日で1万個も売れるようになりました」

 「そのような事例は、あまり聞いたことがありませんね」

 
「そうでしょう。よいといっても、いくつかの水準があるはずです。このもみじ饅頭の場合は、その最高水準に相当します」

 「いわれてみれば、その通りですね」

 「みなさん、そのレベルの違いに気づかないことが多く、なかには、自分で作ったものが一番だと思っておられる方も少なくありませんよ」

 「そうかもしれませんね」

 「そのよいものが最高水準に到達できていれば、それがほとんど売れないということはありません」

 「本当に、そうですね」

 
「ところが、そのよいものが、そこそこの水準であれば、それを販売することができないこともよくあります」

 「マイクロバブルの場合は、どうですか?」

 「そうですね。マイクロバブルの優れた特性を最高度に生かせるかどうかにかかっています。また、マイクロバブルの特徴としては、それが上手くいくと、それまでの常識をはるかに超える域に達する成果が生まれることもあります」

 「マイクロバブルを最高度に生かすことができるかどうか、そこがポイントですか。おもしろいですね」

 「そのためには、マイクロバブルの性質をよく理解し、さらに、現場に合うように最適なシステム設計と実際の適用が重要になります」

 この議論は、地域における具体的な問題にも分け入り、さらに深い議論のやり取りをすることになりました。

 地域の問題を根本的に解決していくには、これまでも述べてきたように、次の「必要条件」が重要になります。

 ①圧倒的に優れた技術力を発揮し、それで、これまでの困難をブレイクスルー(打開)できる。

 ②それを実践する事業者主体が現れ、それを担う環境が構築できる。

 ③その事業家主体を軸として、トップクラスへの販売が可能になる。

 ④その事業に若者たちが新規参入し、新たな産業づくりを発展させる。

 ⑤小さなイノベーションの核形成が可能になり、その核の連続的な形成により、より大きなイノベーションへと発展させることを可能にする。


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このイノベーションの核づくりにおいては、その核の種類が多ければ多いほどよく、また、その裾野が広ければ広いほどよく、この核の形成の時空間的拡大によって、それが地域の経済を牽引する新たなエンジンへと発展させていくことが非常に重要です。

 この議論が煮詰まったところで、Sさんから、次の思いがけない質問がありました。

 「ところで、先生が、今一番したいということは何ですか?それがおありだと思いますので、よかったら、ぜひとも、お聞かせください」

 急に、こういわれ、少々戸惑いましたが、それに気づかれないように、すぐさま、こう返事をしました。

 「じつは、前の職場にいたときには、2つのベンチャービジネス会社を設立することを目指しました。その目的を達成し、退職後に、その会社に就職することができました。
 その退職とともに、それらの会社も国東に移転し、その後4年半、いくつかの紆余曲折を経て、今日を迎えています」

 「そうして、私どもと出会うようになった」

 「その通りです。そろそろ、その4年余を振り返るころとなり、それを踏まえて、次の展望を明確ににする必要があると思い始めていたら、それらの取組に、それまでとは違う質的変化が起こっているのではないかという認識が生まれてきました」

 
「その質的変化が、先生のやりたいことと関係しているのですね!」
 

 「そうです。この変化は、わずかな兆し程度のものにすぎませんが、ここが、その展開の糸口になるのではないかと思っています。また、それが、時の経過に伴って、しだいに明らかになり、だれの目にも明らかになることを予想して、その準備をいろいろと始めているところです」

 こうして、かれとの議論は、さらに、その核心部分に分け入っていくことになりました(つづく)。