「古備前とは何か」、このところ、これをめぐっての格闘が続いています。

 備前焼は、鎌倉時代から本格的に始まったようで、当時は生活用具が中心で、落としても割れない丈夫な焼物として人気を集めていました。

 それが、安土桃山時代に入ると、武士や大阪商人の支援を受けるようになって、大きく発展するようになります。

 それまでの個人的事業から、集団的事業に変化し、窯のサイズも大規模化していきました。

 そして、織田信長をはじめとする武士たちが茶道具を欲したことから、その焼き物としての水準は飛躍的に向上し、技術的にも高度な備前焼が求められるようになりました。

 また、その武士の要求を受けて、備前焼業者の指導を行ったのが、千利休をはじめとする大阪商人(茶人)たちでした。

 岡山県伊部地区を中心に陶工たちが集められ、その武士と商人たちの支援を受けながら、備前焼が産業として成立するようになります。

 備前焼を焼く登り窯も、しだいに大規模化し、50mを超えるようになりました。

 こうなると陶工たちも集団化し、互いに、その備前焼の粋を競い合うようになりました。

 大阪商人たちは、新たな備前焼ができると、それを持って武士たちに売り込むようになり、それに成功すると、今度は、「このような備前焼を作れ」と指示を出すようになりました。

 陶工たちも、その要求にしたがって、日々切磋琢磨するようになり、ここに、後に「古備前」と呼ばれる独特の焼物が確立されるようになりました。

 その備前焼の6つの陶工グループのひとつを受け継いだ森陶岳先生は、この古備前について、次のように仰られていました。

 「千利休をはじめとする大阪茶人の目利きは鋭く、かれらの評価と指示によって、備前焼は大きく発展しました。出来上がった備前焼にたいしては、『ここが違う』、『このような備前焼はできないか』と、高度な要求を日々してくるようになりました。

 これに対し、陶工たちも、それに必死に応えようとして、ここに備前焼の技が試され、鍛えられ、しだいに洗練されるようになりました」

 ここには、焼き物の製作者、それを販売する商人、購入する消費者の流れが明確にできており、この事業化の成立によって、備前焼の技術と産業が形成・発展していくようになりました。

 この鎌倉時代から安土桃山時代にかけての備前焼の焼物が「古備前」と呼ばれ、これが江戸時代に入ってからも受け継がれていきます。

 しかし、この流れは、明治の時代になってから途絶えてしまいます。

 それは、その焼物づくりの集団事業の継続が困難になり、すべて個人の事業に転換していったからでした。

 財力を支えていたスポンサーがいなくなり、細々と個人で焼き物を焼いて、販売するという方法しかないようになったからでした。

 そのため、大きな窯で焼くということもなくなり、高々10m程度の窯で焼くことが定着してしまいました。

 明治以降、日本はたくさんの戦争を遂行してきましたが、その間に備前焼は廃れ、下水管や生活用品づくりを細々と行うことで維持されてきました。

 このような状況に警鐘を鳴らしたのが、後に人間国宝作家となった兼重陶陽や藤原啓でした。

 かれらの目標は、「古備前」に近づき、それを乗り越えることで、備前焼の芸術性を復興することでした。

 若き森陶岳先生も、その一人でした。

 その森先生の取組みについては、これまでに本ブログにおいても詳しく紹介してきましたので、ここでは省略します。

 その森先生から、「古備前」を見せていただき、その解説もしていただき、その魅力にとりつかれてしまいました。

 その古備前の特徴は、次のようでした。

 ①なんとなく落ち着きがある。

 ②手触りがしっとりしている。

 ③見た目も、気品がある。


 それを最近の作品と並べて観察すると、その違いは歴然としていました。

 「なぜ、このように違うのか」


 森先生が、乗り越えようされている「古備前とは何か」。

 「これを解明しない限り、森先生の作品を理解することがでいないのではないか」

 しだいに、このように思うようになり、無謀にも、その「古備前」に深く分け入ってみることにしました。

 そこで、その古備前の小片をいくつか拝借し、その微視的観察を行うことにしました。

 「言うは易し、行いは難し」

 まことに、この言葉の通りで、これに没頭しなければ、古備前を理解できない、没頭すれば、ほかの懸案が山のように積み上がってしまうことになり、結局は、それにもがき苦しむことになりました。

 これに没頭して、膨大なサンプル画像を見ないと、それをよく理解することはできませんでした。

 しかし、それを系統的粘り強く観ていくことで、その「重要な何か」がわずかですが、解ってきました。

 今は、ようやく、そのような段階に分け入ることができるようになり、この記事を認めてみようと思うようになりました。

 その古備前の小片のクローズアップ画像のひとつを紹介しましょう。

003古備前表面-99
古備前の表面の20倍画像

 古備前の小片の表面を撮影した画像の一例です。

 この場合、撮影倍率は20倍ですから、その小片表面全体の様子が明らかです。

 これには、横にうっすらと縞模様があります。

 その間隔は0.5㎜程度ですので、おそらく、その陶工の指の指紋の跡ではないかと思います。

 この表面は、マイクロスコープによる光の照射でやや輝いています。

 色は黄土色、なかには白く浮き出た焼成模様も見えますね。

 こうして、無謀にも、古備前への世界に、より深く入っていくことになりました(つづく)。