この記事を繰り返し読みながら、私が危惧を抱いたのは、「起死回生の創造的破壊」とは何かが不明なこと、そして、それを今の日本で実際に起こすことができるかどうかということでした。

 かれの主張では、それを実現するには「強い経営力」が必要であるそうで、そのような力を十分に発揮できるようになるには、どうすればよいのかという疑問も湧いてきました。
 周知のように、この「創造的破壊」を成し遂げたのは、アップル、グーグル、フェイスブック、アマゾンなどです。

おそらく、その文面から解釈すれば、それらと同じ「創造的破壊」をこの日本で起こすことが可能ではないかという見解を有しているのではないかと思いました。
 もうひとつ重要な点は、この創造的破壊を受けた側、破壊された側は、どこなのでしょうか?
 この間の経緯をたどれば、それは、日本のテレビやDRAM(半導体)をはじめとする電気・電子産業などや、かれによって指摘された企業が該当するのではないでしょうか。
 まず、この破壊を受けた企業自身が、創造的破壊者になることは到底無理なことではないでしょうか。
 それ以外において、強い経営力の下で創造的破壊を実行できる企業が新たに出現してくるのでしょうか?
 これについては、何の言及もなされていませんでした。
 おそらく、ベンチャービジネス企業も、その候補者になるとは思いますが、その「雄者」も明らかにされていませんでした。
 そして、どのようにして創造的破壊が実行されるのか、そのプロセスについてもほとんど言及がなされていませんでした。
 こうなると、「創造的破壊」の用語が独り歩きしているのみであり、ここにも、日本経済を新たに牽引できる「エンジン」を失ったままの深刻な状況が反映されているように思われました。
 
 「創造的破壊」とは、おそらく、新たなものを生み出すことであり、それが、優れた革命的商品を生み出すことで、人々の生活や産業を本質的に、そして大規模に変革していくことではないかと思われます。
 それを、今の日本で、どう実現していくのか、そのことが根底から真に問われているのだと思います。
 それでは、どのようにしたら、その本質的で大規模な変革は実現されるのでしょうか? 
 私は、この間の世界的規模において「創造的破壊」を実行した側と、その「破壊を受けた」側との両者において決定的な違いは、技術戦略研究において大きな差異があったことにあるのではないかと思います。

そして、時代を乗り切っていく経営力の強さは、この技術戦略の豊かさ、技術戦略研究の十分さに深く関係しているのではないでしょうか。
 その技術戦略、技術戦略研究とは何か?
 それらには、次の特徴があるように思われます。

   外国版の「創造的破壊」方式ではなく、日本に根ざした「創造的発展」の知恵と力を発揮する。

   衰退から危機へと向かいつつある日本の「製造業」を再生させる技術戦略を掲げ、その研究を持続的に発展させる。

   日本初のオリジナル技術を、とりわけ困難を極めている地方に適用し、地方から都市への総合的な技術戦略を構築し、発展させる。

   いくつかの分野において国民生活と産業を大規模に変えうる「革命的商品」を創出し、それによって、国内外における新たな市場形成を可能にする。

これらは、吉田松陰の言葉に照らせば、21世紀版「草莽崛起(そうもうくっき)」ということができるのかもしれませんね。

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シロバナヒガンバナ