前記事において示した5つの視点に立脚して、小論「高専は、どこへ向かうのか」についての考察を深めていきましょう。

 すでに述べてきたように、本記事は、論文化に向かう「研究ノート」的性格を有していますので、大胆に、そして自由に、「最も核心的な部分」から考究するのがよいのではないかと思います。

 ずばりと、その本質に切り込むことができるかどうか、これを最優先して考えてみることにしましょう。

 その最初の切り口として、高専においては、どのような学生を育てる必要があるのか、ここに焦点をあてて考えることが重要ではないかと思います。

 そのことを踏まえて、高専では、どのような教育がなされてきたのか、それを振り返ってみることにしましょう。

 高専の創立時の教育目標は、次の3つでした。

 ①実践的技術者の養成

 ②中堅技術者の養成

 ③大学に準じる教育


 折から、日本社会は高度成長期を迎えていて、労働力不足が問題になり始めていました。

 もともとは、4年制の「工業系大学」をつくる予定でしたが、その構想がとん挫し、突如として、それよりも2年短い、そして、中学卒業生を受け入れての5年制の「高専」という案が再浮上し、国会で承認されました。

 大学生よりも2年若く、実験実習に裏付けられた実践的技術者の卵としての高専生は、大学生に次ぐ中堅どころとして企業に歓迎されることになりました。

 その際、多くの実験実習を体験し、卒業研究も行っていたことから、すぐに役立つという意味で、「即戦力」としての「評価」を得ることにもなりました。

  しかし、一方で、それまでの高卒替わりに高専卒を現場要員として採用する企業も少なくなく、そのことが「即戦力」を意味するという事態も生まれました。 
 

 この設立当初の評判のよさもあって、当時は、今の高専の数よりも約10倍増やそう、という構想までありました。

 ところが、高専の創立から約20年が経過し、その看板となってきた3つの教育目標が、しだいに時代にそぐわぬようになり、現実と軋むようになってきました。

 上記①の目標は、実験実習を多くして実践性を増すという話ですから、ここには問題がありませんでした。

 しかし、②については、当時の地方大学の工学部の教育目標であったことも影響して、「中堅とは何か」が明らかにならず、結局、この目標を取り下げることになりました。

 また、「大学に準じる」とは、大学生の4年分を2年で教えてしまおうという内容でしたので、その実態は「2倍の時間数で教える」ということでした。

 朝の8時30分から夕方17時まで、ぎっしり詰まったカリキュラムを遂行することになり、この強行が小さくない矛盾を生み出すことになりました。

 その結果、この看板も取り下げることになり、替わりに「豊かな人間性を養う」という目標が加わることになりました(『高専の振興方策』、国立高等専門学校協会、1981年参照)。

 しかし、この改定は、高専の現実を変えていくことには結びつきませんでした。

「何度も読み返してみたが、そこからは何も出てこない」

 当時、このように思いが頭を過ったことを思い出します。

 その理由は、この改定が、問題になっていた看板の目標を取り下げただけであって、高専をどうするかに関する構想や具体的提案がほとんどなかったことにありました。

 今振り返れば、これは、「高専20年にして、どこに向かうべきかが解らなくなった」という現象といってもよいでしょう。

 そして、この脆弱性が、80年代中頃になって「専科大学問題」を浮上させることに結びついていきました。

 次回は、その「専科大学問題」について分け入ることにしましょう
(つづく)。

orove20160921
            
          前庭になったオリーブの実